『魔法を召し上がれ』
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マジックと料理とロボット 瀬名秀明、3年ぶりの長編
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
マジックと料理とロボット―瀬名秀明3年ぶりの長編『魔法を召し上がれ』は、この三つが軸になる。主な舞台は、人型ロボットやホバーボード(的なもの)が広く普及した、もうひとつの近未来東京。
語り手は、高校を卒業してプロのマジシャンになったヒカル。湾岸のレストラン《ハーパーズ》に雇われて、料理が運ばれてくるまでのあいだ、テーブルで手品を披露する。
高校時代、この店を教えてくれたのが、同級生の美波だった。文化祭の打ち合わせの帰り道、自転車を押して歩きながら、美波は言う。
「ヒカルって、いい名前だと思う。“る”で終わるのって、現在進行形な感じがするじゃない。梁石日(ヤンソギル)とか、ケン・ソゴルとか」
私事ながら、僕の本名も“る”で終わるので、思わずドキッとするわけですが、まるで青春映画のような二人の時間は長くは続かない。文化祭の前日、美波は、今度は私が手品を見せると言って、ヒカルに「ワン、ツー、スリー」とかけ声をかけさせる。次の瞬間、彼女は教室の窓の向こうに姿を消していた……。
美波はなぜ死んだのか? この謎が小説全体を牽引する。その意味ではミステリーだが、ある日、店に現れた元マジシャンの老紳士からヒカルに託されたロボット、ミチルが中盤の焦点になる(同じ著者の『デカルトの密室』や『第九の日』に登場するロボットのケンイチとその開発者の消息も語られるから、ケンイチ・シリーズの後日譚という側面もある)。マジックとロボットはあまり相性がよくない気もするが、その両者のすばらしいマリアージュを演出するのが物語の魔法。ミチルと同居することになったヒカルは、毎晩彼に小説(最初は『指輪物語』、その次は『はてしない物語』)を読み聞かせ、その内容が小説全体とも深く係わってくる。手品や料理にも物語があり、物語には魔法がある。最後に明かされる美波の“魔法”が美しくも切なく、ほろ苦い。