『新訳夢判断』
- 著者
- Freud, Sigmund, 1856-1939 /大平, 健, 1949-
- 出版社
- 新潮社
- ISBN
- 9784105910075
- 価格
- 2,750円(税込)
書籍情報:openBD
「わたしたちの言葉」で書かれた歴史的名著のあざやかな新訳
[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)
遠い過去のもやもやした思い出が、強い水流で一気に洗われるようにあざやかさを取り戻す。この新訳は、そんな読書体験を与えてくれた。
新潮文庫の『夢判断』を読んだのは二十歳前後のこと。構成が錯綜していたり、用語のこまかい使い分けがいまひとつ理解できなかったりと、もどかしい思いで何度も読みなおしたが、すっきりしないままだった。それきりフロイトには急接近の機会もなく、なんとなくよそよそしささえ感じていたのだ。しかし、この画期的新訳で状況は一変した。いまやわたしは自分を「フロイトがしっかり読める人」だと錯覚している。もちろんすべては新訳のおかげなのである。
原著の構成に大胆に手を入れた。冒頭にあった長たらしい文献紹介を割愛したり、ある夢の実例が別々の章に分かれて二度解説されていたのを一か所にまとめたりしている。ある現象をさす用語が決まるまでにフロイトがいろいろな語を使いながら試行錯誤していることも、本文中にどんどん訳注を入れて指摘する。歴史的名著をおずおずと読むルーキーは、こうした読みにくさにつまずきやすい。そこに救いの手をさしのべる新訳は、精神科医による翻訳だからこそ内容が正しく整理され、読者の助けになる。しかしそれよりなにより大切なのは訳文のみずみずしさだ。夢の実例も、それを解説するフロイトの言葉も、いまさっき書かれたように新鮮で、言わんとすることがぐいぐい伝わってくる。この日本語こそが「わたしたちの言葉」であると実感しながら読んだ。
夢は自分自身の心からの通信だ。体裁をとりつくろわず無心にその声を聴くことができれば、自分のかくされた欲望に気づき、それを肯定できる。それは現代人にもっとも欠けている態度かもしれない。名著の知恵を、自分たちの言葉で受け取ろう。今年の「お買い得本」、この本がぶっちぎりの優勝予定です。