【文庫双六】イングランドが舞台の胸おどる冒険物語――北上次郎

レビュー

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イングランドが舞台の胸おどる冒険物語

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

【前回の文庫双六】『クマのプーさん』 翻訳の“いきさつ”――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/570598

 今江祥智(よしとも)『子どもの国からの挨拶』が刊行されたのは1972年だが、この書を読むまで、児童文学を一冊も読んだことがなかった。新宿駅ビルの上のほうにあった児童文学専門書店に日参し、それから数年間、名作の数々を読みあさったのは、今江祥智の語り口のうまさにころりとやられてしまったからだ。

 なにしろ、サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』、キイス『アルジャーノンに花束を』から始まって、サガン『悲しみよこんにちは』、シリトー『屑屋の娘』、庄野潤三『夕べの雲』、手塚治虫『火の鳥』などという書名が次々に出てくるのだ。それらの間隙を縫って、佐藤さとる『だれも知らない小さな国』、ピアス『トムは真夜中の庭で』という児童文学の名作が紹介されるのだが、ようするに児童文学は特殊なものではなく、これらの小説のように魅力にあふれたものであると今江祥智はその書の中で語りかけてきた。こんなに素敵なガイドブックはその後も読んだことがない。

 アーサー・ランサム『ツバメ号とアマゾン号』を読んだのは、『子どもの国からの挨拶』が刊行されてから数年後のことだ。これはイングランド北部の湖沼地帯を舞台にした冒険物語だ。主人公の4人きょうだいが湖に浮かぶ無人島にキャンプにでかけた日々を描いたもので、そういう日常の中にも胸おどる冒険があることをアーサー・ランサムはいきいきと描きだした。

 私が読んだのは大判のアーサー・ランサム全集の1冊だが、いまは岩波少年文庫で読むことが出来る。岩波少年文庫が創刊されたのは1950年だが、1954年刊までの約90冊のラインナップを石井桃子が一人で決定したことを、『ひみつの王国』で今回初めて知った。さらに興味深いのは、児童文学刊行のために三顧の礼を以て迎えられたのに、岩波の社内には冷たい空気があったという記述である。悔しく悲しい思いをしたのだろうと尾崎真理子は書いている。

新潮社 週刊新潮
2019年6月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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