【聞きたい。】野口憲一さん 『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』

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【聞きたい。】野口憲一さん 『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』

[レビュアー] 平沢裕子

■民俗学駆使のブランド戦略


野口憲一さん

 レンコン農家の長男にして、大学の教壇にも立つ民俗学者。本書は、実家のレンコンのブランディングに成功するまでの日々を振り返った体験記だ。

 「日本で農業がもうからないのは半ば常識で、それを乗り越えようとする試みはことごとく失敗してきた。日本の農業に対して、このままではいけないという思いがあった」

 「貧乏人が作る野菜」とレンコン農家を恥じる半面、先祖が苦労して守ってきたうまいレンコンを懸命に作り続けてきた父親。そんな父親と対立しながら、品質の優れたレンコンを高値で買ってもらうために著者が考えたのが、レンコンの文化的な価値の創造だ。専門とする民俗学を援用し構想したという。

 野菜は品種によって味や食感に違いがある。父親が作り続ける「味よし」は、食味はいいが病虫害に弱く手間がかかるため、作り手がほとんどいなくなってしまった品種。ただ、どんなに手をかけて作っても、JAに卸せば他の品種と同じ値段で売られてしまう。

 そこで、エルメスのバッグが300万円で売れることにヒントを得て、祖父の代から続くレンコン農家に「大正15年創業」の“伝統”をまとわせ、1本5000円の値段を付けた。実際に売れるまでに時間がかかったものの、今では年に約1億円を売り上げる。

 「マーケティングというと表面だけ取り繕えばいいと考える人がいるが、そうではない。うちのレンコンが高値でも売れるのは、圧倒的な品質の差があるから。一朝一夕でできるものではない」

 農家と研究者の“二刀流”を続ける著者が願うのは、農業にやりがいと収入を確保できる社会の実現だ。

 「1億円は農業ならすごいといわれるが、普通の企業ならたいしたことない。農業が成熟した産業となるために、本書が農業の進むべき道を示す一つの指標になれば」(新潮新書・720円+税)

 平沢裕子

   ◇

【プロフィル】野口憲一

 のぐち・けんいち 昭和56年、茨城県生まれ。「野口農園」取締役。日本大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程修了。博士(社会学)。日大文理学部非常勤講師。

産経新聞
2019年6月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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