江戸の「性愛文化」の生々しい性技の数々【「男色」性風俗史】

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江戸の色道

『江戸の色道』

著者
渡辺 信一郎 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学詩歌
ISBN
9784106037337
発売日
2013/08/23
価格
1,320円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

江戸文化の裏面を照らし出した労作――渡辺信一郎『江戸の色道: 古川柳から覗く男色の世界』

[レビュアー] 氏家幹人(歴史学者)


性愛文化の最先端にあった江戸庶民は、男色でも同時代の世界をリードしていた。※写真はイメージ

性愛文化の最先端にあった江戸庶民は、男色でも同時代の世界をリードしていた

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 昭和七年(一九三二)十一月十八日、永井荷風は、軽部某の案内で新富町の「男色をひさぐ者」の家を訪れた。その家の主人は尾上朝之助という役者で、ほかに三、四人の陰間(男娼)がいた。荷風は九年十月二十六日にも、「女形役者の淫行年々甚しくなれり」として、中村福助と「慶應義塾卒業生河合某」の噂に触れ、「下廻女形役者の中には客に招がれて待合に行くものあり。枕金拾円の由なり」と記している(『断腸亭日乗』)。

 陰間、歌舞伎役者、女形――。右は昭和前期の様子だが、その原点は江戸時代にさかのぼる。芳町(現在の日本橋人形町)を中心に、湯島天神や麹町平河天神界隈など数ヶ所で陰間宿が営業していた。

 十代の少年が役者の弟子という名目で陰間宿に抱えられ、しかるべくしつけられたのち男色をひさぐ。男色だけではない。数え年で二十歳前後ともなれば、少年としては下り坂。その後は御殿女中や後家あるいは商家の人妻を相手に、男として稼いだ。

 知られざる世界? いや、この程度の話は今やごく普通の新書にも書かれている。

渡辺信一郎『江戸の色道─古川柳から覗く男色の世界─』が艶本や破礼句を縦横自在に引用しながら照らし出したのは、促成の江戸研究家によって書かれた、ありふれた男色風俗史ではない。もちろん腐女子が耽溺し歴女が萌える美少年の恋物語とも違う。

 照らし出されたのは、余人が容易に踏み込めない生々しい陰間の売色の現実と、すさまじいまでの性技の数々だ。おのずとその内容は刺激的で、アブナイ。十歳になったかならぬ子どもの身体を、男色に耐えるように特殊な器具で慣らし鍛える行為は、児童に対する性的虐待そのものだし、糞便のニオイで馴染みの陰間を思い出し欲情するという小咄には、スカトロ趣味のない人は絶句だろう。

 弘法大師に仮託して詠まれた一首、「恋といふ其源を尋ねれば ばりくそ穴の二つなるべし」も紹介されている。恋の根源はアソコとアソコの二つの穴。性交は「内部の摩擦といくらかの痙攣を伴う粘液の分泌である」(神谷美恵子訳 マルクス・アウレーリウス『自省録』)という名言に劣らぬ絶唱だ。

「ちょっちょっと陰間を買って偏らず」という川柳も江戸の色道のバランス感覚をうかがわせて興味深い。川柳だけでなく、著者は艶本から“男女ごっちゃまぜ”のバイセクシャルな乱交図も披露する。さらには男色相手の少年や陰間を肛門のヒダの数で品評したマニアの超オタク本まで。色道の極み。

 学術的観点からは、引用資料の出典や所蔵者の明記がほしいところだが、著者はすでに鬼籍に入っているので、それも突き止めようもない。いずれにせよ、男色を中心に江戸の性風俗をこれでもかこれでもかと描き出した著者の執着ぶりには圧倒される。スイだイキだと美辞で飾られがちな江戸文化の裏面を照らし出した労作でもある。

新潮社 波
2013年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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