創造された「故郷」ケーニヒスベルクからカリーニングラードへ ユーリー・コスチャショーフ著 岩波書店

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創造された「故郷」

『創造された「故郷」』

著者
ユーリー・コスチャショーフ [著]/橋本伸也 [訳]/立石洋子 [訳]
出版社
岩波書店
ISBN
9784000237383
発売日
2019/02/22
価格
3,888円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

創造された「故郷」ケーニヒスベルクからカリーニングラードへ ユーリー・コスチャショーフ著 岩波書店

[レビュアー] 藤原辰史(農業史研究者)

 第2次世界大戦終結後、ロシアの支配下となったある地域で、ドイツ人からロシア人へと住民の総入れ替えが強行された。本書は、そんな過酷な運命に晒(さら)された土地の歴史である。

 現在のロシアの飛び地であるカリーニングラード州。ここはバルト海に面するかつてのドイツ騎士団領で、19世紀にドイツを統一に導いたプロイセン王国揺籃(ようらん)の地である。同名の州都は、かつてのケーニヒスベルクで哲学者カントが終生一歩も出なかった街だ。第1次世界大戦後はドイツの飛び地となり、本国とのはざまに置かれた「ポーランド回廊」は民族主義者にとってヴェルサイユ条約の屈辱の象徴となった。

 飛び地を解消したナチスは結局ソ連に負け、ここはソ連領に。1947年から48年にかけて、瓦礫(がれき)が散らばり飢えが蔓延(まんえん)するこの地域からドイツ人が強制追放され、ロシア全土から人びとが移住した。ソ連政府は、制度も文化も外見も、何より人びとの心の中からもドイツの痕跡を消そうとした。だが、ソ連崩壊と共に過去の封印が解かれ、かつて住んでいたドイツ人も訪れる。著者の家に白髪の女性が訪問する印象深いシーンから本書は始まるが、その女性は、実はかつて著者の家に住んでいたドイツ人だった。

 さて、こんな地域の歴史にもかかわらず、読後気持ちが温まるのは不思議だ。登場人物たちが人間臭くてニヤリとすることも。ロシア人移民は、ドイツ人農場の先端技術である排水管を邪魔だと言って井戸に捨て、家畜用の有刺鉄線柵もくず鉄に出す。さらに、追放直前のこの地で、ロシア人の若者が、散々自分たちを苦しめてきたはずのドイツ人とクラブで一緒にいろんなダンスを踊るシーンは、胸が熱くなって困る。膨大な聞き取りと史料分析によって非人間性の歴史をここまで人間に依拠して書ける歴史家は稀有(けう)だろう。実はこの本、日本の読者のための書き下ろし。この贈り物に私たちはどんなお返しができるだろうか。橋本伸也、立石洋子訳。

 ◇Юрий Костяшов=1955年生まれ。ロシアの歴史家。カリーニングラードのバルト連邦大学教授。

読売新聞
2019年6月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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