ライフサイクルの哲学 西平直著

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4
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ライフサイクルの哲学

『ライフサイクルの哲学』

著者
西平 直 [著]
出版社
東京大学出版会
ジャンル
社会科学/教育
ISBN
9784130513449
発売日
2019/04/15
価格
3,024円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ライフサイクルの哲学 西平直著

[レビュアー] 山内志朗(倫理学者・慶応大教授)

 自分とは何か。著者の西平さんはライフサイクルとして考える。それは、死によって完結する閉じた個人の生の円環ではない。西平さんはその概念に、一人の個人では完結せず、脈々と受け継がれていく「いのちの連鎖」の姿を読み取る。

 そういう連鎖的人生論の構図と、教育の問題が重ねられる。挫折だらけの人生を進んでいくためには、やる気と自発性、発達と成長も必要だ。そうすることで、アイデンティティー(自己同一性)を完成できる。

 発達は往々にして積み上げ型のモデルで語られるが、西平さんは「稽古、修行」ということ、そして世阿弥や禅という東洋的な思想を重視する。それが、E・H・エリクソン(1902~94)の自己同一性の心理学と見事に結びつく。

 要点は、自己同一性を獲得する過程と、稽古によって無心や自己無化に至ることが結びつくことだ。つまり、「型」を完全に習熟し、無心になるとき、そこに自分を獲得できるというのだ。禅と教育は結びつくという強い信念が西平さんにはある。

 自己を否定する、自己から離れる契機が強調される。これは世阿弥が語る「離見の見」と結びつく。自分の所作を自分から離れた場所、客席から見ることだ。

 その境地において、自己に出会えるのだ。そういうことが可能となるのも、その基底にあるのが禅で語られる「不生」という次元である。

 「不生」とは、「自分が生まれてこなかったこともありえた」という地平、生と死、在ると無いが同じ重さのまま溶け合っていた透明な時間のことだ。その地平で、生まれてこなかった子供、語られなかった言葉に祈りがささげられる。「不生」の地平をめぐる記述は難しいが、実に美しい。この記述に本書の根幹がある。

 「自分とは何か」を知りたい人にこの書は直接答えを与えないかもしれない。だが、問いの根底に潜むもっと大事なものを教えてくれる。感動的な美しい本である。

 ◇にしひら・ただし=1957年生まれ。東京大などでの勤務を経て京都大教授。専門は教育人間学、死生学、哲学。

読売新聞
2019年6月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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