<東北の本棚>法医学駆使した謎解き

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誰そ彼の殺人

『誰そ彼の殺人』

著者
小松亜由美 [著]
出版社
幻冬舎
ISBN
9784344034662
発売日
2019/05/23
価格
1,760円(税込)

<東北の本棚>法医学駆使した謎解き

[レビュアー] 河北新報

 犯罪や事故に巻き込まれた「異状死体(変死体)」をいかに正確に余すことなく調べられるかは、実際の捜査でも早期解決に不可欠の要素だろう。大学医学部の法医学教室に所属する現役解剖技官の著者が、司法解剖に関する専門知識をふんだんに盛り込んだ読み応えのあるミステリーを仕上げた。四つの短編を収めた単行本デビュー作となる。
 仙台市の「杜乃宮(もりのみや)大学」法医学教室に勤務する主人公の「私」こと梨木楓(かえで)と若き准教授今宮貴継のコンビが、宮城県を舞台とした難事件に挑む。宮城県警のエリート検視官小倉由樹と無二の親友という今宮が、検視と司法解剖を元に捜査の突破口を開き、犯人を追い詰めていく。名探偵が難解なパズルを解き、警察はその補佐役というオーソドックスな設定も、遺体が語る「ダイイングメッセージ」を細かく浮かび上がらせた推理劇は新鮮に思える。
 表題作の「誰(た)そ彼(がれ)の殺人」は仙台市泉区寺岡が事件現場だ。歯を全て折られ、手足を切断された男性の遺体が沼に打ち上がる。重要参考人として浮かび上がったのは、急成長のIT企業を率いる被害者の双子の兄と、その妻。兄弟の過去、夫妻の住む豪邸、現地特有の自然条件から、今宮は意外な結論を導き出す。
 それにしてもというかやはり解剖の描写はリアルで、迫力がある。「肋骨剪刀(ろっこつせんとう)で肋骨を鋸断(きょだん)、開胸すると心膜に包まれた心臓が現れる。両肺はどす黒く鬱血(うっけつ)している」。手術道具の描写も細かく、遺体を調べ上げる解剖医の執念すら伝わってくる。人体に関する素朴な知的好奇心も満たされた気がする。
 梨木は今宮の尊大な態度に毒づくが、一流の解剖医として尊敬の念も抱く。宮城県警の小倉はスマートそのものに描かれている。恋愛の要素は皆無だが、「こんな上司がいたら」という女性目線の願望も読み取れる。
 幻冬舎03(5411)6211=1728円。

河北新報
2019年6月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河北新報社

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