「小説」と「ジャズ」の親和性の高さの理由とは?

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スウィングしなけりゃ意味がない

『スウィングしなけりゃ意味がない』

著者
佐藤, 亜紀, 1962-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041076705
価格
880円(税込)

書籍情報:openBD

社会の抑圧に抗おうとする“小説”と“ジャズ”の親和性

[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)

 音楽をモチーフにした小説に名作は多いが、中でもジャズとは非常に相性がいい。それはおそらく、体制に背を向け、抑圧に敢然と抗う人びとのエネルギーが、豊かな言葉の奔流となって現れるからなのだろう。

 佐藤亜紀スウィングしなけりゃ意味がない』(角川文庫)の舞台はナチス政権下のドイツ・ハンブルク。資本の力に培われてきた市民の街で、当時「敵性音楽」とみなされたジャズに熱狂する少年少女たちの青春を鮮やかに切り取っていく。

 格好いいこと。イケてること。つまりはご機嫌なこと。ただその瞬間を手に入れるためだけに、ナチに向かって尻を捲り、とんでもない無茶をやらかす。彼らの行動規範は大人からすれば呆れ返るほど単純かつナンセンスだろう。だが、それゆえに民族や階級といったカテゴライズを飛び越え、社会が積み重ねてきた矛盾や欺瞞を嘲笑うかのように、とびきり「ホット」な連帯を可能にさせる。ユダヤ系の天才少年ピアニストがドビュッシーの「雨の庭」をぐいっとスウィングさせるシーンをはじめ、痺れるような興奮を何度も味わわせてくれる傑作中の傑作だ。

 奥泉光の『ビビビ・ビ・バップ』(講談社文庫)は、現実と区別がつかないクオリティを保った仮想空間や、人間そっくりのアンドロイドが生み出される近未来を舞台に繰り広げられるユニークな冒険譚。世界を揺るがす陰謀に巻き込まれたジャズピアニストの主人公が、伝説的なプレイヤーと「夢のセッション」を繰り広げるくだりは屈指の名場面だ。

「ビ・バップ」とは最初にテーマを演奏した後、自由な即興演奏を続けていくジャズの形態のひとつ。人格のロボット化といったSFの王道アイディアをベースに、意想外のアレンジを盛り込んでいくこの作品自体がビ・バップを体現しているのだろう。姉妹篇にあたる『鳥類学者のファンタジア』(集英社文庫)と併せて読むといっそう感慨深い。

 ジャジーな文体の妙といえばケルアックの『地下街の人びと』(新潮文庫)もお忘れなく。屈折した主人公の刹那的な生の輝きに肉迫したもうひとつの名作だ。

新潮社 週刊新潮
2019年7月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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