子どもを持たないという人生を選択したひとたちの生き様を描いた、切なくも温かな短編集。 窪 美澄【刊行記念インタビュー】

インタビュー

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いるいないみらい

『いるいないみらい』

著者
窪 美澄 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041054925
発売日
2019/06/28
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

【刊行記念インタビュー】『いるいないみらい』窪 美澄


デビュー作から妊娠・出産など、「性」や「生」にまつわる物語を数多く書いてきた窪美澄さん。
二〇一四年に上梓した『水やりはいつも深夜だけど』(KADOKAWA)のエピソード0ともいえる、最新の家族小説が発売されました。
子どもがいる未来なのか、いない未来なのか――。
迷える男女たちの思いが交錯する人間ドラマについて、
創作秘話をお聞きしてきました。

三十五歳は女性にとってのターニングポイント

――『いるいないみらい』は、子どもを持つか持たないか、迷っている人たちを主人公にした連作短編集です。「小説 野性時代」での不定期連載をまとめたものですが、連載当時からこのコンセプトは決まっていたのでしょうか。

窪 はい。私はデビュー作から妊娠・出産にまつわる物語を多く書いてきました。二〇一四年に家族をテーマにした『水やりはいつも深夜だけど』を出版したこともあり、編集者から「妊娠・出産以前の話を書いてみませんか?」とご提案いただいたんです。
 持つことを迷っている人はもちろん、持ちたくても持てなかったり、死別してしまったりと、子どもについての悩みはさまざまです。そういう悩める人たちに焦点を当てた作品を書いてみようと思いました。

――それでは一話ずつ、うかがっていきます。まず、「1DKとメロンパン」について。三十五歳の知佳は、妹の出産をきっかけに周囲からの「一日でも早く産むべき」という緩やかなプレッシャーを感じるようになります。「産まない」と決めたわけではないけれど、子どもを持つことは大変だし、面倒くさいと感じている彼女の心の揺れが丁寧に描かれていましたね。

窪 知佳を三十五歳という年齢にしたのは、やはり三十五歳が女性にとってターニングポイントだと思ったからです。不妊治療の経験者に話を聞くと、産婦人科医から「あと一歳若かったらよかったのに」とか「もう少し早く来てほしかった」などと言われるそうです。生物としては少しでも若いほうが妊娠できる可能性が高いことは理解できる。でも社会的にはなかなか難しいじゃないですか。仕事をしていればやりたいことがやれるようになってくる頃だし、たとえ結婚していたとしても相手が子どもをほしいか確認したり、いつ産むかという意見をすり合わせることも必要になってきます。また、この話のカップルのように経済的な不安を抱えている人も多いはず。つくづく妊娠・出産までに越えなければならない壁は高く、障害は大きいと感じますね。

――知佳は自分の容姿を「十人の女の人がいれば、九番目か十番目だ」と客観視していますね。夫の智宏の容姿も同じレベルである、と。

窪 小説って放っておくと主人公は美男美女ということになってしまうじゃないですか(笑)。でもそれはリアルじゃないので、あえてそういう風に書きました。

――タイトルに「1DK」とついていますが、夫婦が暮らす部屋の間取りや家具の配置なども丁寧に描かれていますよね。

窪 間取りはこの短編集の二次的なテーマとして意識的に入れています。どういう環境で暮らしているかを描くことで、登場人物の経済状態が伝わるんじゃないか、と思いまして。

――なるほど。それでは二話目の「無花果のレジデンス」について。レジデンスという高級感漂うネーミングとは裏腹に昭和にできた中古マンションであるという表現がありますね。

窪 モデルにしたのは、デコボコした白壁と青い瓦が特徴の「秀和レジデンス」という古いマンションです。東京ではよく見かけるんですが、その外観やネーミングが気になっていたので使ってみました。

――こちらは妊活のお話です。

窪 はい、ずっと男性の立場から妊活について書いてみたかったんです。主人公は精液量、濃度、精子の運動率が基準値よりも低いと医師から診断されてしまいます。実際に妊活している男性に取材させていただきましたが、自分自身に何かが足りない、欠けている、と言われることは、男性にとってかなり辛いことなんじゃないかと感じました。それが物語に反映していると思います。

――無花果をモチーフにしたのはなぜですか。

窪 無花果って、小さなつぶつぶがびっしり詰まった断面が少しグロテスクじゃないですか? 卵巣の中にある卵胞のようにも見えて、生殖行為をイメージしてしまう。妊活がテーマの話にぴったりのモチーフだと思ったんです。

――亡くなった先輩の妻・千草は子どもを持たなかったという設定です。彼女が主人公に緩やかな影響を与えます。

窪 私は常々、子どもがいる人といない人との間に線を引きたくないと思っています。千草は夫の死後ひとりぼっちになってしまったけれど、決して不幸ではない。夫と愛し愛されて生きてきた幸せな人だと思うんです。

――ちなみに窪さんの周囲にも、千草のように子どもを持たなかった方がいらっしゃいますか。

窪 もちろん。同性のカップルもいますし。いろんな選択肢があっていいと思います。

亡くした息子のことを小説に書いておきたかった

――第三話の「私は子どもが大嫌い」についてお聞きします。友人・知人がSNS上にアップする子育ての様子に対し、主人公の茂斗子のように何かしらの違和感を覚えている人も多いのではないでしょうか。

窪 子どもを産んだ人はハイになっていると思うんです。私は子どもを産んだ経験があるのである程度は許容できますが、茂斗子のように拒絶反応を起こす人の気持ちも理解できます。人はSNSにキラキラしたことしかアップしませんからね。私もへこんでいるときは見ないようにしています(笑)。

――茂斗子は養子として育てられました。養父母に孝行することを優先してきた結果、結婚や出産から遠ざかっている感もありますが、彼女の出自についてはなぜこのような設定にしたのでしょうか。

窪 以前から児童養護施設で育った子どもたちに関心があり、今後、腰を据えて書いてみたいテーマのひとつでもあるんです。養護施設で育ち、その後、パリへ養子に出された映画監督による『冬の小鳥』という映画が大好きなんですが、その作品からインスピレーションを受けた部分もありますね。

――茂斗子は結婚する予定や、当然、子どもを産む予定もありません。でも彼女に悲愴感はなく、たくましさすら覚えます。他の短編と比べてもライトな印象を受けました。

窪 そうですね。彼女の経歴だけ見るとなかなかヘビーですが、重い話にはしたくなかったのでなるべく面白く軽やかに書こうと思いました。

――第四話の「ほおずきを鳴らす」は五十代の会社員・勝俣が主人公です。彼には生後すぐ子どもを亡くし、以来、妻とぎくしゃくして離婚してしまった過去があります。

窪 実年齢に一番近い主人公であり、私も同じように生後十八日の息子を髄膜炎で亡くした経験があるので、彼に自分を重ねながら書きました。私もよく「生きていたら、あの子はいくつかな?」と年齢を数えてしまうことがあるんですよ。
 また子どもを持ちたいと思って妊娠・出産に臨んでも、障害があったり、死産だったりする場合がありますよね。ですからこういった事例についても書いてみたかったんです。

――勝俣は、夜の公園で出会った風俗嬢・あんりのことが娘のように思え、気にかけます。

窪 施設育ちの子と同様、風俗で働いている女性たちのことも小説に書きたくなるんです。「なぜ風俗で働くことになったんだろう?」と、そのきっかけが知りたくなってしまう。以前取材した方は、「昼間の仕事だけでは食べていけないから」と話してくれましたが、何か他の理由があるんじゃないか、と気になって仕方ないんです。

――あんりを気にかけつつも、どのように助けたらいいのかわからずに戸惑う勝俣の姿が印象的でした。

窪 「男は不器用だから」とまとめてしまったら、ジェンダーバイアスがかかっていると叱られそうですが、自分の息子を見ていても「言葉が足りないな」と思うことはよくあります。やはり女性に比べて男性は言葉にして伝えるということが苦手なんじゃないかと思うんです。

多様性があることは面倒だけど同時に幸せなことでもある

――最終話の「金木犀のベランダ」は養子縁組がテーマですね。養子をもらうことを希望している夫の栄太郎と、すんなり受け入れられない妻の繭子。施設育ちの繭子は、子どもを育てる自信が持てなくて……というお話です。

窪 先ほども言ったように児童養護施設で育った子や、養子にもらわれた子どもたちに興味があるので、養子縁組についてはぜひ入れたいと思いました。

――夫婦が営むパン屋「子羊堂」の常連である節子が、悩める繭子に「昔はね、ふたつも選べなかった。結婚と仕事、ふたつ手に入れることは難しいことだったの。今の人は結婚も、仕事も、子どもも、手に入れることができる。本当にいい時代になった」と語る場面にはグッときます。

窪 最近発表した『トリニティ』(新潮社)にも同様のことを書きましたが、「今は自分の好きなことが選べるいい時代なんだ」ということが描きたかったんです。

――選択肢がたくさんあって幸せなはずなのに、繭子のように生きづらさを感じてしまうのは、多様性のある社会の難しさでしょうか。

窪 そうですね。最近、ブレイディみかこさんのエッセイを読んでいたら「多様性を受け入れて維持していくのは大変なんだよ」というような文章があったんです。多様性はあったほうがいいけれど、衝突や痛みを生む原因になるんだ、と。確かに夫婦になったからといって価値観がすべて合致するわけではないですよね? 夫婦という小さな社会のなかでも日々、衝突が起こり、価値観をすり合わせるために言葉を尽くして説明しなければならない。それって本当に大変なことです。
 でも面倒だからといって、避けていたら幸せにはなれません。面倒くさいけれど、多様性はあったほうがいい。私はそういうことを、しつこくしつこく小説で書いていきたいと思っているんです(笑)。

――それでは最後に、この本は窪さんにとってどのような作品になったのか教えてください。

窪 辛さや刺激は少ないかもしれないけれど、素朴な味わいのマイルドカレーですかね(笑)。子どものことを考えるきっかけにしてもらったり、『水やりはいつも深夜だけど』の「エピソード0」的な物語として読んでもらえたら嬉しいです。

 * * *

窪 美澄(くぼ・みすみ)
1965年東京都生まれ。2009年「ミクマリ」で第8回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。受賞作を収録した『ふがいない僕は空を見た』で第24回山本周五郎賞を受賞。同書は11年本屋大賞2位に選ばれ、映画化もされた。12年『晴天の迷いクジラ』で第3回山田風太郎賞を受賞。他の著書に『さよなら、ニルヴァーナ』『アカガミ』『すみなれたからだで』『やめるときも、すこやかなるときも』『じっと手を見る』などがある。

取材・文=高倉優子 撮影=ホンゴユウジ

KADOKAWA 本の旅人
2018年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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