人はなぜ異なる帰属の者を差別するのか?

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  • 増補 普通の人びと
  • アイデンティティが人を殺す
  • 移民 棄民 遺民 国と国の境界線に立つ人々

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“ごく普通の人”はなぜ殺戮へと向かったのか?

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 虐殺に関わった人々の心理を知るための重要な一冊が増補され、文庫化された。クリストファー・R・ブラウニング増補 普通の人びと ホロコーストと第101警察予備大隊』(谷喬夫訳)である。

 第101警察予備大隊の隊員は、熱心な反ユダヤ主義でもなかった一般市民がほとんど。森にユダヤ人を駆り集め殺害を命じられた時、なぜ彼らの大半が従ったのか。臆病者と思われたくなかった、自分が殺さなくても誰かが殺すと考えた、彼らを苦しみから解放するのは良心に適うことだと思った―そしてごく普通の人びとは殺戮へと向かった。鳥肌が立つのはその地獄絵図が目に浮かぶからだけでなく、自分や隣人もこの状況下ではこんな心理で行動してしまうのだろうか、という恐怖を感じるから。増補版には初版本への批判やその後の他の研究者の論文に対する考察もたっぷり。

 人はなぜ異なる帰属の者を差別するのか。そもそも人の帰属先はひとつとは限らないのではないか。『アイデンティティが人を殺す』(小野正嗣訳、ちくま学芸文庫)は、レバノンに生まれ今はパリに暮らすジャーナリストで作家のアミン・マアルーフのエッセイ。幾度となく「自分を『フランス人』だと感じますか? それとも『レバノン人』だと感じますか?」と訊かれ、その都度「両方ですよ!」と答えてきた著者。一人の人間の主要な帰属先はひとつしかないと感じる人は多く、時にその排他的な考えが対立や諍いを招く。では今の時代にふさわしいアイデンティティの在り方は何か。各ページ付箋を貼りたくなるほど名言の連続。

 複数のアイデンティティを持つ人たちは身近にもいる。安田峰俊移民 棄民 遺民 国と国の境界線に立つ人々』(角川文庫)はアジアと日本の関係について考えさせられるルポルタージュ。ベトナム難民二世で、日本で生まれ育ちながら国籍を持たない女子大生、日本との関わりに振り回されたウイグル人、他に中国や台湾の“境界の民”に取材を敢行。自分が勝手に抱いていたステレオタイプなイメージを打ち砕いてくれた。

新潮社 週刊新潮
2019年7月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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