立憲主義という企て…井上達夫著 東京大学出版会

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立憲主義という企て

『立憲主義という企て』

著者
井上 達夫 [著]
出版社
東京大学出版会
ジャンル
社会科学/法律
ISBN
9784130311939
発売日
2019/06/03
価格
4,620円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

立憲主義という企て…井上達夫著 東京大学出版会

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 評・苅部 直(政治学者 東京大教授)

 四年前の著書『リベラルのことは嫌いでも、リベラリズムは嫌いにならないでください』がベストセラーになって以来、井上達夫の名前と風貌(ふうぼう)は、一般読者とテレビ・インターネットの視聴者に広く知られるようになった。憲法第九条削除論などの提言の独特さが、関心をひいたのだろう。

 本書でも旧稿を改訂・増補する形で、多くのページ数を「九条問題」にさいている。そこで「護憲派」の憲法学者たちに対する井上の批判は、「愛の鞭(むち)」と自身が言い表すように、きわめて手きびしい。彼らは憲法九条の絶対平和主義を守ると唱えながら、その九条のもとで、事実上は強大な軍隊に等しい自衛隊が保有されている現実を容認している。しかも、もし彼らの理想どおりに絶対平和主義が実行されれば、どんな帰結が生じるかについて、まったく考慮しない点で無責任でもある。

 批判の論点は多岐にわたるが、こうした現実への発言が、「法の支配」と立憲主義をめぐる、法哲学者としての思考に裏づけられていることを、この本はじっくりと教えてくれる。「護憲派」の政治家も学者も「立憲」を旗印にして盛んに運動しているが、それはみずからが好む政策内容を、政争のルールに盛り込もうとする点で、むしろ立憲主義の破壊にほかならない。

 政治において異なる立場の抗争があることを前提としながら、すべての参加者が従うべき規範をどのように確定するのか。それを決める過程の公正さを保障する民主主義体制はいかなるものか。立憲主義の本来あるべき道筋を示しながら、政党と官僚の関係や、司法部の役割も含めて、議論の射程は広い範囲に及ぶ。

 まもなくやってくる参院選では、憲法をめぐって議論が展開されるはずである。そこで政治家や文化人が、どれだけ真剣に考えながら意見を口にしているか。それを見きわめるために、ぜひ読んでもらいたい硬質の一冊である。

読売新聞
2019年6月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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