アメリカ人の見たゴジラ、日本人の見たゴジラ…池田淑子編著 大阪大学出版会

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アメリカ人の見たゴジラ、日本人の見たゴジラ…池田淑子編著 大阪大学出版会

[レビュアー] 加藤徹(中国文化学者・明治大教授)

 ゴジラ映画は別格だ。1954年の第1作『ゴジラ』の大ヒット以来、今日に至るまで、日米両国でゴジラ映画シリーズが製作されている。米国では、映画史上の傑作『市民ケーン』が一般人に忘れ去られる一方、ゴジラ映画には今も熱烈なファンが存在する。米国の学界でも、ゴジラ映画は早くから学術研究の対象になってきた。本書は、専門を異にする日米の6人の研究者が、それぞれの視点からゴジラ映画の受容史を分析した本である。

 第1作『ゴジラ』には、戦災の生々しい記憶や、反核、反戦、反米のメッセージが吹き込まれていた。2年後の56年、米国で『ゴジラ』を再編集した『怪獣王』が公開され、人気を博した。ハリウッド版の『怪獣王』は、日本の『ゴジラ』の映像を大幅にカットし、新たに米国人記者のシーンを撮影して加えた。オリジナルの日本色とメッセージ性が薄まる一方、冷戦の時代性を反映して、核実験や放射能の威力の表現は米国版のほうが強調された。62年の『キングコング対ゴジラ』も、日米両国で違いがあった。日本版では引き分けだが、米国版はキングコング優位に改作された。キングコングが住む南洋の島民は、文明が遅れた野蛮人として描かれる。当時、人種差別の罪悪感に苦しんでいた米国の観衆は「見てごらん、日本人はわれわれを真似(まね)てわれわれが犯したのと同じ過ちを犯しているよ」と、屈折した「癒やし」を得た。

 興味深い違いも多々あるが、ゴジラ映画に対する郷愁と愛は、日米共通だ。日本のゴジラは着ぐるみで、特撮も職人芸的な手作り感にあふれていた。先進的なCGを見慣れている「アメリカ人がそれを最も高く評価した国民だということを知り、非常に驚いた」と、ゴジラ映画に出演した俳優の土屋嘉男氏(故人)も述べている。

 ゴジラ映画は人間社会の鏡だ。戦後史や、大衆の精神史、マーケティングのノウハウなどを研究する宝庫でもある。

読売新聞
2019年6月30日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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