【文庫双六】和も洋もミステリと古本は相性がいい――川本三郎

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和も洋もミステリと古本は相性がいい

[レビュアー] 川本三郎(評論家)

【前回の文庫双六】元M16の英文学者が描く地味なスパイ小説――野崎歓
https://www.bookbang.jp/review/article/573514

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 グレアム・グリーンが日本で広く読まれるようになったのは戦後だろう。『落ちた偶像』『第三の男』などが映画の人気と相俟って評判になった。

 しかし、戦前からグリーンに親しんだ読書家もいた。映画評論家の飯島正、植草甚一、双葉十三郎の三人は「G(グレアム)・G(グリーン)クラブ」を作り、『スタンブール特急』や『拳銃売ります』を原書で読んで楽しんだ。一九三〇年代のこと。モダンだ。

 グリーンは多作だが後期の代表作といえば衆目の一致するところ『ヒューマン・ファクター』だろう。

 野崎歓さんが指摘するようにこの小説には印象的なロンドンの古書店の主人が登場する。昔気質で、古典が読まれなくなった時代を嘆いている。ポルノなど絶対に置かない。そしてあとでこの古書店主が実は……と分かり重要な役割を果す。

 ミステリと古本は相性がいい。例えば日本では乱歩の初期の作品『D坂の殺人事件』には古本屋が登場するし、下って紀田順一郎の『古本屋探偵の事件簿』、京極夏彦の「京極堂」シリーズ、最近では三上延の『ビブリア古書堂の事件手帖』シリーズがある。

 海外に目を転じれば近年の古書ミステリの随一はジョン・ダニングの『死の蔵書』だろう。

 主人公のデンヴァーの刑事クリフ・ジェーンウェイは古本好き。知識も深い。

 捜査の過程で行き過ぎがあったとして警察を辞めさせられたあと、念願の古書店を開く。ミステリの主人公としては異色。

 ただ、アメリカのような歴史の浅い国では古書といってもスティーヴン・キングやレイ・ブラッドベリなど現代作家のものが多い。

 せいぜい古くてフォークナーやヘミングウェイ。ポーになるともう稀覯本。

 だから主人公は嘆く。現代では「スティーヴン・キングの初版本にマーク・トウェインの初版本と同じ値段がつき、しかもその十倍は売れる」。

『死の蔵書』は好評でシリーズ化されている。

新潮社 週刊新潮
2019年7月11日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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