アメコミ市場にいかに日本のマンガはくいこんでいったのか。Barnes & NobleにMangaの棚ができるまで――【自著を語る】『アメリカに日本のマンガを輸出する』

レビュー

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アメリカに日本のマンガを輸出する

『アメリカに日本のマンガを輸出する』

著者
松井 剛 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/経営
ISBN
9784641165243
発売日
2019/03/14
価格
2,808円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【自著を語る】研究者としての青春時代

[レビュアー] 松井剛(一橋大学経営管理研究科教授)

きっかけ

 この3月に『アメリカに日本のマンガを輸出する――ポップカルチャーのグローバル・マーケティング』という本を出版しました。この本は、2007年8月から1年半、研究休暇をとりプリンストン大学社会学部に客員フェローとして滞在した際に始めた研究プロジェクトの成果です。

 せっかくアメリカに滞在するのだから、アメリカにいなければできない研究をしよう、さらには、日本とアメリカの文化が交差するマーケティング現象に注目しようと思っていました。そんなこともあり、ぼくの受け入れ教授だったポール・ディマジオ教授から読むように勧められたのが、『ワイアード』(Wired)という雑誌でした。2017年11月号には、「マンガがアメリカを征服する」(Manga Conquers America)という特集が組まれていました。この雑誌が、アメリカ市場での日本産マンガのマーケティングを研究しようとしたきっかけです。

 2000年に入ったあたりから、アメリカでも日本のマンガが売れるようになり、市場が急拡大しました。2002年に6000万ドルだった日本産マンガ市場(北米)は、2007年には2億1000万ドルまで急成長したのです(ICv2調べ)。書店バーンズ・アンド・ノーブルのプリンストン店を訪ねると「Manga」という棚がかなりのスペースを占めており、ビックリしたことを覚えています。

 マンガは極めて文化的な産物です。マンガはクルマや家電製品とは違います。何が面白いのか、何がカッコよいのか、何がオシャレなのか、ということは、文化によって違います。それにもかかわらず、なぜ日本のマンガがアメリカで読まれるようになったのか? これが入り口となる興味ポイントでした。

調査を始める

 こういったきっかけから、研究を始めました。プリンストン大学は東海岸のニュージャージー州にあります。ニューヨーク市まで電車で1時間ぐらいのところです。マンハッタンにある紀伊國屋書店の方にお話を聞いたり、ニューヨーク・アニメ・フェスティバルといったイベントに参加したりして、少しずつ調査を始めました。そういえば、インタビューのためにマンハッタンに行くときに、プリンストン駅の駐車場でタクシーと衝突事故を起こしたこともありました。廃車になったけれども、けが人が出なくて本当に良かったです。

 調査するためには、まずはコネクションを作らなくてはなりません。イベントに出展している現地のマンガ出版社の編集者や翻訳家、業界メディアの記者といった人たちとお話をして、仲良くなるようにがんばりました。英語が上手くなってからアプローチするなど悠長なことをしていたら、研究が進まないので、拙い英語でどんどん話しかけてみたり、メールを送ったりしました。「広報を通して」といった普通の大企業のような形式ばったことなどなく、少しずつですがカジュアルに知り合いを増やすことができました。

 一方で、市場規模以外のデータがほとんどないのには、困りました。そこで、ジェイソン・トンプソンさんが書いた『マンガ完全ガイド』(Manga: the Complete Guide)という本から出版データベースを作るというアイディアを思いつきました。プリンストン大学の日本語学科の学生のメーリングリストにデータ入力のアルバイト募集をかけたら、すぐにたくさんの応募がありましたので、2人の学生に手伝ってもらいました。

 研究休暇自体は2009年3月に終わり帰国しましたが、その後もアメリカに出張をして調査を続けました。手塚治虫作品などの翻訳で有名なフレデリック・ショットさんや、当時、ビズメディアという北米最大の日本産マンガ出版社の副社長だった成田兵衛さんといった方々に協力していただいて、調査を進めました。

鍵となるコンセプト――異文化ゲートキーパーとスティグマ

 この本において鍵となるコンセプトは、2つあります。異文化ゲートキーパーとスティグマです。

 受け入れ教授のポールは、文化社会学の泰斗です。この文化社会学では、音楽や映画など、ポップカルチャーの中でも市場を通じて広く販売されるものを「文化製品」と呼んでいます。また、文化製品が創られて、ぼくら聴衆や観衆にまで送り届けられていくプロセスを、「文化生産」と呼んでいます。文化生産について研究する人たちは、この一連のプロセスに介在する組織を、ゲートキーパーと名付けました。日々生まれてくる無数の音楽が聴衆に届けられるまでには、ゲートキーパーによるスクリーニングが行われています。

 この役割は、国境を越えた文化製品のマーケティングではますます重要になると考えました。例えばアジアで大人気のスポーツ・マンガ『SLAM DUNK』は、アメリカでは売れませんでした。このように、ある国で人気がある文化製品が、別の国でもヒットするかどうかは分からないのです。また、進出元において問題ないとされた文化製品が、進出先において社会的な批判を浴びる可能性があります(これについては後述)。

 したがって、その文化製品の魅力や成り立ちを深く理解し、かつ現地市場の好みや道徳観についても肌感覚での理解を持ち合わせることが、文化製品のグローバル・マーケティングでは大事になります。この役割を担う組織を、この本では「異文化ゲートキーパー」と呼んでいます。

 一方、スティグマとは、社会学者アーヴィン・ゴフマンが提示した概念です。スティグマは、身体障害者や娼婦といったある種の人物に対して付与された否定的なイメージのことを指します。このスティグマが、差別や排除を生み出すとゴフマンは言っています。文化社会学者たちは、「スティグマは、ポップカルチャーに対しても付与される」と議論してきました。日本でも、「オタク」と呼ばれる人々やその人たちが好むものにスティグマがあることは、ご存じですよね。

 ポップカルチャーにスティグマを与えられると、その社会的な評価は低下し、差別や批判や表現規制など様々な干渉を受けることになります。こうした干渉を避けるため、その業界は、「スティグマ管理」を行います。

 例えば、アメコミ業界の場合、1950年に高まったアメコミへの社会的批判に対応すべく、表現などの自主規制を行いました。アメコミには、もともと様々なジャンルがありましたが、現在ではいわゆる「スーパーヒーローもの」ばかりになってしまいました。こうしたジャンルの多様性の減少は、自主規制が原因だと言われています。このように、スティグマがポップカルチャーの行く末に影響を与える場合があるのです。

分かったこと

 この社会学的なコンセプトをレンズとして使って、この業界の歴史を見てみました。すると、現地アメリカで日本産マンガを出版する人々の様々なマーケティング努力が見えてきました。まとめると3つあります。

 まず第1に、1980年代の黎明期では、アメコミを通じて形成されたアメリカ人消費者が抱くコミックスへの先入観に合わせようという努力が行われました。例えば、反転印刷してアメリカ開き(左から右にページをめくる形式)にした上で、判型もアメコミのに近い、薄いパンフレットのような体裁にしたのです。

 第2に、2000年代の成長期においては、日本市場で提供されているものと同じ反転印刷をしないマンガを提供する試みが行われました。編集コストが下がったことでマンガを安く売ることができて、市場が急成長しました。

 第3に、黎明期から現在に至るまで、性暴力表現に対するアメリカ社会の厳しい道徳規範に対応するために、内容修正や年齢レーティングなどが行われています。

 この3つ目に関わるのが、ポップカルチャーの輸出が直面する2つの文化的障壁です。

 ひとつは、進出先市場で共有されている文化規範です。日本人にとってはいわば「おなじみ」のマンガの性表現や暴力表現は、アメリカ人読者からすれば、過激に思えるものが多いのです。例えば、ストーリーとはそれほど関係ないのに、女性のスカートがめくれたり入浴シーンが多かったりするのは、日本産マンガのいわば「お約束」でした(こうしたシーンはアメリカのマンガ業界では「ファンサービス」と呼ばれています!)。しかしアメリカ社会においては、こうした性表現を未成年者に見せることへの抵抗感は非常に強いのです。そのため、現地出版社は、内容修正をしたり、年齢レーティングを各マンガ作品に施したりする必要がありました。

 もうひとつの文化的障壁は、輸出されるポップカルチャーに対応する進出先のポップカルチャーに関する先入観です。マンガの対応物であるアメコミに対しては「男の子向けの子供じみたエンタテイメント」という強い先入観がアメリカ人の中にあります。このことが、少女マンガや大人向けマンガをアメリカ人に売る上で、大きな障害となりました。そこで、ある出版社は、『セーラームーン』のような少女マンガを売る際、「コミック」という表現は使わずに、「モーションレス・ピクチャー・エンタテイメント」という表現で紹介しました。これは、モーション・ピクチャー(映画)という言葉をもじった表現ですね。「コミックは男の子のもの」というステレオタイプが少女マンガにまで敷衍されないための涙ぐましい配慮でした。

 こうした努力を通じて、日本マンガの市場が成長したのです。

 アメリカは、こうした意味で特殊な市場です。そのことを確認するために、フランスでの日本産マンガ市場も調べました。金額でみると米仏の市場規模はほぼ同じですが、人口で見るとフランスはアメリカの5分の一しかありません。つまりフランス市場はアメリカ市場の5倍なのです。理由は2つあります。ひとつは、性暴力表現についてアメリカほど厳しくないことです。もうひとつは、コミックは大人も読むものだと考えられていることです。このように、同じ文化的な産物でも輸出先が違えば、受け入れられ方が違ってくるのです。

研究者としての青春時代

 研究休暇で始めた研究を、このように本としてまとめられて、本当にホッとしています。多くの研究者がそうかと思いますが、中堅どころになると、学会とか大学の行政に関わる仕事が大量に降りかかってきて、研究はおろか教育にすら時間を割くことが難しくなります。振り返ると、アメリカにいた1年半は、のどかに研究に集中することができた貴重な時間でした。言ってみれば、研究者としての青春時代だったのだと思います。このような機会をくれた多くの人たちに感謝をしています。

 ただ、こんな回顧をするヒマがあれば、もっと新しいチャレンジを研究ですべきだとも考えています。ですので、このエッセイをもって回顧モードは終了、新たな一歩を踏み出したいと思います!

有斐閣 書斎の窓
2019年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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