教育をめぐるこの10年の変容とは――【自著を語る】『教育学をつかむ〔改訂版〕』

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教育学をつかむ〔改訂版〕

『教育学をつかむ〔改訂版〕』

著者
木村 元 [著]/小玉 重夫 [著]/船橋 一男 [著]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/教育
ISBN
9784641177260
発売日
2019/04/03
価格
2,420円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

【自著を語る】教育をめぐるこの10年の変容とは

[レビュアー] 木村元(一橋大学大学院社会学研究科教授)

「学問をつかむ」シリーズの一つとして刊行された『教育学をつかむ』が世に出て10年を経た。アカデミックな教育学と教職教育学をつなげることをコンセプトの一つとして作られた前書は、この間11刷を重ね、教育学を学ぶための基本書として定着することができた。しかし、この10年間で日本内外の教育と教育をめぐる動向は大きく変容し、また、新学習指導要領への移行もはじまった。本書は、これらに対応すべく、新しい事象や情報を取り入れるとともに、内容を精選して新版として刊行したものである。

 テキストの連続性や一貫性という観点から基本的な構成は変えていないが、社会や教育のこの10年間の変化に対応するように全面的に手を入れリニューアルし、量的にも全体で20頁弱の増量となっている。また、本書には33の重要トピックをあげているが、「発達障害」、「夜間中学」、「朝鮮学校」、「シューカツ」、「カリキュラム・ポリティックス」など新しい項目を設け、前書からその3分の1以上をいれかえた。

学習指導要領の改訂と教員養成の新動向

 読書案内のいれかえなど、こまかい修正はこれまでも加えてきたが、この時期に新しいバージョンに移行した理由として、まず、学習指導要領の改訂や教育職員免許法の改訂にともなって、教職課程の枠組みの変化という学校教育の内容に関わる制度的な移行が相次いだことがある。

 2020年度から完全移行する学習指導要領において、教える中身の変化として、カリキュラムの重点が教科別の教育内容から資質・能力ベースへと変更する。“知識から能力・資質へ”、“コンテンツベースからコンピテンスベースへ”という移行は世界的な動向でもある。何を知っているかという領域ごとに区分された知の体系ではなく、知識やスキルを自在に活用して何ができるかに力点が置かれている。知るとは、単なる事実や事象の知識ではなく、対象の特性に応じた適切な関わりを踏まえた理解の仕方であり、それを通して築き上げた汎用性を有する態度(資質)であると捉えられている。さらに、2019年度から大学は、教職課程を編成するに当たり教育課程コアカリキュラムに則りシラバス上の拘束を受けることになった。教職課程コアカリキュラムとは、教職課程を編成する際、参考とすべき指針であり、各大学の教職課程で共通に身につけるべき最低限の内容について検討し、これによって教員養成の全国的な質の水準の保障を図ろうとする考えに基づいたものである。

しかし、この拘束は教職大学院による実務教育を重視する動向なども含めてみるなら、アカデミックな教育学と教職の教育学との分断という傾向を強めるものとして作用する可能性がある。その背景には、教育学にとどまらず学問全体において、基礎理論よりも実践に寄与する理論が重視される動向があり、学問における理論と実践の関係が捉え直されている状況がある。

人類史的な社会変動のなかで

 改訂のもう一つの、より大きな契機は、この10年で教育を取りまく社会の状況が大きく変容したことである。

 そのマクロな背景には、社会の少子高齢化、グローバル化、人工知能(AI)に代表される情報処理技術の飛躍的向上といった人類史的な社会変動がある。この10年間で、こうした変動が、教育や学校の領域に直接反映してきたのである。教育は、福祉などと関係を強め、より総合的な観点から見直されてきており、教師と生徒を軸にしてきたこれまでの学校のあり方も、スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーなどが参入するなどその構成員をひろげてきている(本書では公認心理士についても触れた)。少子化に伴う労働力不足を補う外国人労働者の増加などによって急速に進む「多民社会」への動向は、国家を前提とした教育の枠組みを大きく問い直し、シティズンシップ教育の必要を促している。さらに、情報テクノロジーの著しい進展により、これまでの教員文化やそこでの教育のあり方を変えることがリアルな課題として浮上してきている。

 AIをはじめとする情報テクノロジーの飛躍的な展開は、これまでの教育のあり方をかなり深いところで揺すってきている。教育を考えるうえで欠かせない中核の課題が、子どもを「よりよくする」ことであることはいうまでもないが、テクノロジーが発展し、人間の身体、精神の両面において外部拡張の領域が飛躍的に大きくなったことによって、その意味が問われてきている。子どもを「よりよくする」という結果だけを目的として限定した場合、それはテクノロジーを用いて人間の能力の増強・強化を行うエンハンスメントで代替できるかもしれないからである。したがって、教育の目的について、役に立つ、何かができるようになるということだけで語ることは難しくなり、改めて教育の価値が問い直され、何を教えるかが問われてきているといえる。

戦後の学校システムの変容

 さらに、日本の学校教育の中核を支えてきた「一条校」を軸とした学校制度も大きく変容してきている。小学校を卒業すると全員が中学校に進学し義務教育を履修するという戦後の教育制度の枠組みが大きく変化をみせている。前世紀の末からその動きは現れてきていたが、2016年には、小学校課程から中学校課程までの義務教育を一貫して行う義務教育学校が新設され、義務教育という枠組みでの小・中学校の統一性が強まる一方、履修形態の「複線」化が小学校段階にまで及ぶことになった。

 2016年12月に成立した「教育機会確保法」(義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律)をめぐって繰り広げられた議論は、学校を自明の前提とするこれまでの日本の公教育の枠組みの根幹にかかわるものであった。ここにいう議論とは、2010年代に入って、フリースクールをはじめとする学校以外の場で行われる「多様な学び」を正式な制度として位置づけ、保護者や子どもが選びとる制度の構築を目指す一連のものをさすが、このこととも連動して、「一条校」を中核として安定的に成立してきた学校制度のあり方に修正が求められてきている。たとえば、夜間中学や朝鮮人学校、また定時制通信制教育など周縁の学校や教育領域が大きくクローズアップされ、さらには特区制度によって「一条校」として認められるフリースクールもあらわれるなど、中核の一条校のあり方も問われることになっている。

 このように、戦後確立した学校化社会が曲がり角にきているなかで、学校による人間形成をどう考えるかが、本格的に課題となっていくことが予想される。

新しい状況の諸相と課題

 これにとどまらないさまざまな教育をめぐる社会の動きがあり、新しい課題を生み出している。本書で新しく取り上げた事象からいくつかを示しておきたい。

 東日本大震災は学校教育にも大きな影響を与えた。新しい教員免許法では、「学校安全への対応」を含めなければならないことがコアカリキュラムによって定められたようにリスク教育の位置づけを重視した。同時に、「危機管理や事故対応を含む学校安全の必要性について」の理解をめぐって、東日本大震災の経験は市民的な公共性のあり方を深く問うものであった。震災による原発事故は、専門家に対する不信を高め、専門家と市民との間の関係をどのように作っていくかを考える大きな契機となったといえる。

 現実の社会は、大きくは社会的インクルージョン(共生社会)に向けて動いているといえる。国連の障害者権利条約採択(2006年)を経て、2013年には障害のある子どもに対して合理的配慮を提供することを大学も含め全公立学校に義務づけた障害者差別解消法が成立した。それをもとに文部科学省は、「インクルーシブ教育システム構築事業」をたちあげて、障害の状況に応じた物理的な環境や意思疎通の配慮などの実践事例を提示した。ただし、一方で、インクルーシブ教育の事例が特別支援教育に限定されているとの批判が上がるなど課題を残している。

 学校教育でのリテラシー要請の課題を就学前の幼児教育まで下ろす動きが指摘されている。政治的リテラシーについての実践としてとらえられるイタリアのレッジョ・エミリアはその例である。

 また、OECDによる生徒の学習到達度調査以来、コンピテンシーという概念も定着してきており、入試改革にも連動される動きがあるが、入試の位置づけもこの間、学校接続という観点から選抜としてだけでなく入学後の教育の準備として考えられるようになってきている。さらに、アクティブ・ラーニングや一八歳選挙権への対応なども新しい教育の動向を捉える材料として押さえた。

本書を生かすために

 こうした新しい状況に対応したのがこの改訂版である。筆者自身は、このテキストを専門ゼミの学生自身の教育学研究への橋渡しも含めて最初の講読書として用いている。テキストの内容を知識として学ぶだけではなく、このテキストがどのようにしてできているか、その裏側まで辿って理解することで行間の意味を捉えてほしいと考えてきたからである。ファーザーリーディングスとしての読書案内のみならず、巻末に掲げた詳細な参考・引用文献は、そのための重要な情報である。このテキストがどのような研究の上になりたっているかまで立ち戻りながらテキストを読むことで、教育学の状況を大きく把握できるように工夫している。その意味で、この10年の教育と社会の新しい状況についての情報を含めて掲載することで、現実の教育と切り結んで考えるための材料を提示したものである。

 新しい課題も含めて、日本の社会の教育をどのように捉えればいいか、その解明のための教育学の問いとはなにか。改訂版を通して教育学をリアルなものとしてとらえ、教育についてより深い理解が得られれば幸いである。

有斐閣 書斎の窓
2019年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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