資源制約時代における行政と行政学の可能性――【自著を語る】『多機関連携の行政学』

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多機関連携の行政学

『多機関連携の行政学』

著者
伊藤 正次 [編集]
出版社
有斐閣
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784641149298
発売日
2019/02/15
価格
3,630円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【自著を語る】資源制約時代における行政と行政学の可能性

[レビュアー] 伊藤正次(首都大学東京大学院法学政治学研究科・法学部教授)

はじめに

 本年2月に筆者を編著とする『多機関連携の行政学――事例研究によるアプローチ』を上梓した。本書は、自治体を含む複数の機関が協力して行政課題に取り組んでいる状況を「多機関連携(interagency collaboration)」と捉え、我が国の行政における多機関連携の実態と課題を分析した共同研究の成果である。具体的には、筆者を含む中堅・若手の行政学者が、児童虐待防止、児童発達支援、少年非行防止、公共図書館、労働基準監督、消費者保護、就労支援および地域包括ケアシステムという8つの分野を取り上げ、分析を行った。

 行政学者にはそれほど馴染みがない多機関連携を研究することの意味はどこにあるのか。本稿では、本書の特色を編者の立場から整理することによって、本書の意義をあらためて明らかにしておきたい。

「競争」を超えて

 本書の第1の特色は、1980年代以降に先進諸国の行政改革の理論的支柱となった新公共管理論(New Public Management:NPM)の限界を乗り越え、行政活動の質の向上を図るための新たな視座を提供した点に求められる。

 NPMとは、民営化や規制緩和、業務執行組織の外部化などの手法を用いて公共部門に市場原理を導入し、民間部門や他の行政機関との「競争」によって行政サービスの効率的な提供と質の改善を図る考え方である。NPMに基づく行政改革は、イギリスやニュージーランドなどの英語圏諸国を中心に広まった。

 しかし、特に2000年代以降、NPMの弊害が指摘されるようになった。業務執行組織の外部化などによって行政機関が細分化された結果、行政機関相互の情報流通や職員の人材育成に支障をきたしていることが指摘され、行政機関間の「競争」よりも「協調」が求められることになったのである。多機関連携は、こうした行政における競争から協調へというトレンドの中で注目を浴びた手法である。

 日本では、NPM型の行政改革が国・自治体ともそれほど徹底されなかったこともあって、NPMの弊害が声高に唱えられているわけではない。また、効率的な行政運営を実現するうえで、NPMの発想が必要な場面は依然として存在するだろう。

 だが、関係行政機関が縄張り争いをしたり、逆に相互に責任の押し付け合いをしたりしていては、行政サービスの質の低下を招いたり、必要な規制・サービスが供給されない事態を引き起こしたりするかもしれない。現に、本書でも扱った児童虐待防止行政や消費者行政では、関係機関の連携不足による課題が常に指摘されている。

 本書は、こうした課題に向き合い、行政活動の質の向上を図るための手法として、多機関連携に着目した。そして、ポストNPM時代の行政のあり方、すなわち、協調と連携を基軸とする行政の可能性を我が国の実態に即して解明することをねらいとしているのである。

「横割りの行政学」の視点から

 こうしたねらいを実現するため、本書は、先に挙げた8つの行政分野における事例研究から、日本の行政における多機関連携に対して帰納的なアプローチを行った。

 しかし、こうしたアプローチを採用したからといって、社会福祉学や刑事政策学といった各分野の専門家と全く同じ視座で分析を行っているわけではない。特定分野を対象とする行政学、すなわち西尾勝氏の言葉を借りれば、「縦割りの行政学」の研究成果をふまえながらも、本書全体としては、あくまでも「横割りの行政学」として、分野横断的な視点から分析することを心がけた。この点が、本書の第2の特色といえる。

 そのため筆者は、本書序章において、多機関連携の「場」(関係機関・関係者が連携に参加する空間の形態)、「人」(他機関と連携を進めたり、連携のための場を招集したりする役割を担う職員)、「制度」(連携関係を規律する公式・非公式のルールや取り決め)という3つの要素に着目する視点を設定した。各章の分析では、これら3つの要素がフルに出揃っているわけではなく、もちろん事例によって3つの要素の出方に違いはある。

 だが、各分野の分析にこうした横串を刺すことによって、関係部局が同一フロアに入居し、異なる専門性をもつ職員同士が日常的に接触することが関係機関・職員相互の連携関係の構築に重要な役割を果たしていること、単なる「情報連携」を超えて「行動連携」を構築するため、関係機関の役割分担の制度化を始めとする各種の方式が現場レベルで創出されていることなどを、分野横断的に明らかにすることができたと考えている。

行政現場の資源制約に向き合うために

 ところで、西尾勝氏は、「縦割りの行政学は概してそれぞれの専門領域に属する政策・行政サービスの拡充発展を志向するのに対して、横割りの行政学は、概して行政資源の膨張抑制と適正配分を志向する」と述べていた(西尾勝『行政学〔新版〕』有斐閣、2001年、52頁)。しかし、我々が研究を進めていくと、多機関連携が行われている行政現場では人手と財源が恒常的に不足しており、すでに行政資源の利用可能性が大きく制約されていることがあらためて明らかになった。むしろ多機関連携は、こうした資源制約を前提に、何とか現場の課題を解決していくための苦肉の策としても理解できるのである。

 人口減少・超高齢化が進行する日本社会において、「縦割りの行政学」が志向するように専門職員を増員し、関係機関の予算を潤沢に確保することはもはや現実的ではない。他方で、人口減少・超高齢化に伴う諸課題は山積している。

 かといって、平成初期に統治の責任主体の一元化と強化を目指して行われた「平成の統治構造改革」のように、各種の課題を抜本的に解決するための体制づくり、すなわち、既存の行政制度を大胆に見直し、大規模な機構再編を伴う改革を行うには、膨大なエネルギーを要する。筆者としては、「平成の統治構造改革」の路線を引き継いで統治構造上の各種の課題を解決していくことの意義は失われていないと考えている。しかし、資源制約という現実の下で、抜本的な統治構造改革を一挙に実現するには、それなりのリスクとコストを覚悟しなければならないだろう。

 だとすれば、これからの日本の行政、特に国民に直接向き合う現場の行政機関に求められるのは、行政資源を有効に組み合わせ、その活用を図ることによって、人口減少・超高齢社会において国民が直面するリスクを軽減し、行政活動の質の維持・向上を目指していくことなのではないか。

 各章の分析結果をまとめた終章において明らかにしたように、多機関連携は、行政活動をいわば「直列」でつないでシームレスな(切れ目のない)行政を実現したり、複数の行政機関が「並列」的に展開する活動を組み合わせ、行政にシナジー(相乗効果)をもたらしたりすることを目的としている。こうした目的をもつ行政手法は、資源制約時代においてこそ実践的な意義が認められるだろう。本書の第3の特色は、資源制約時代における行政手法の一つとして、多機関連携の実践的意義を明らかにすることにあったといえる。

おわりに

 あらためて振り返ると、本書が対象とする多機関連携は、多面性をもつ行政手法であるといえる。

 協調を基軸とする行政を支える手法として捉えると、多機関連携は、冷厳な競争を強いるNPMの手法と比べて、一見すると穏健な手法に見える。他方、手持ちの資源を活用して何とか現場を回す手法として多機関連携を捉えると、それは悪くいえば保守的・現状肯定的な行政手法であって、どこか後ろ向きの印象を与えるかもしれない。

 だが、本書各章の分析からも明らかなように、日本の行政の現場では、「場」の空間設計・制度化や「人」の交流、「制度」の活用などを通じて、創意工夫をしながら、課題解決に向けた取り組みを行っている。確かに、こうした取り組みは、常に成功しているとは限らない。痛ましい児童虐待事案が続発していることに示されるように、残念ながら連携の取り組みが失敗する場合も多い。

 しかし、そうした失敗事例を検証しつつ、さまざまな行政の現場における取り組みに目を向けることは、日本の行政学にとっても重要な課題なのではないか。我々行政学者は、「横割りの行政学」の視点を保ちながらも、個々の行政の現場で何が起きているのかを知らなければ、資源制約時代の行政のあり方を探究することは難しいのではないか。

 もちろん、こうした課題に対して本書がすべて応えることができているというわけではない。むしろ、本書は、多機関連携という理論的にも実践的にも興味深い対象の探索を通じて、資源制約時代を迎えた日本の行政と行政学のあり方への問いかけを行っている書物であるともいえる。行政学を専門とする研究者・学生のみならず、行政の現場で日々連携に向けて取り組んでおられる職員や専門家の方々に本書を手にとって頂き、本書からの問いかけに耳を傾けて頂くことを期待している。

有斐閣 書斎の窓
2019年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

有斐閣

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