妊娠、妊活、子作りをめぐる5篇の短編集

レビュー

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いるいないみらい

『いるいないみらい』

著者
窪 美澄 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041054925
発売日
2019/06/28
価格
1,512円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

妊娠妊活がテーマの5篇踏み迷う男女の微妙な間合いと機微

[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)

 妊娠、妊活、子づくりをめぐる五篇の短篇集だ。

 子どもをもつこと、つくること。それはデリケートな問題だ。ずばり切りだせない。英語に、Beating around the bushという「遠まわしに瀬踏みする」意味の言い回しがある。本短篇集の男女や家族のふるまいは、まさにこれだ。

 第一篇「1DKとメロンパン」には、築年数の古い低家賃のマンションに暮らす三十代半ばの夫婦が出てくる。夫は日頃から家事をまめにこなし、妻を喜ばせようとパン屋の行列に並び、人気のメロンパンを買ってくる。あるとき、妻の妹の出産にふれ、夫はがぜん子どもが欲しくなるが、妻は踏み切れない。理由は、ふたりが口にするのを避けてきたある問題。妻は言う。「私、今でも二人で十分楽しいし」。

 ヘミングウェイの短篇「白い象のような山並み」を思いだした。若いカップルがどうやら中絶手術をめぐり、肝心なワードを言わずに応酬をする。女「私たち、なんでも手に入るのにって言ったのよ」。男「でも、僕たちはもうなんだってもってるじゃないか」この後、男は、I don’t want anybody but you.という恋人の決まり文句を口にする。「きみさえいれば」ではなく、きみ以外の人=子どもは欲しくないというのが本心だ。

 窪美澄の作品は、ハードボイルドなヘミングウェイのそれより、はるかにあたたかい。第一篇と呼応するように、最終篇「金木犀のベランダ」では、パン屋を営む夫婦が主人公となる。第一篇で、すれ違いそうな夫婦に安らぎと絆をあたえていたメロンパンのパン屋の夫婦も、同様に子どもをもつことに関して悩んでいた。ふたりとも四十三歳。何年もかけて店を軌道にのせた。子どもをもったら、今と同じようにはいかないだろう。それに、妻には子育てに自信がもてない過去の事情があった。

 微妙な会話の間合いと機微を捉えた五篇をどうぞ。

新潮社 週刊新潮
2019年7月18日風待月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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