小説家・京極夏彦の整理と魔術、そして「今昔百鬼拾遺シリーズ」を貫くテーマとは?――担当者3名が語る

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小説家・京極夏彦の整理と魔術、そして「今昔百鬼拾遺シリーズ」を貫くテーマとは?――担当者3名が語る

[文] 新潮社


京極夏彦さん

出版界に衝撃を与えた『姑獲鳥の夏』から始まる、京極夏彦さんの「百鬼夜行シリーズ」。そのスピンオフ的な位置づけとなる「今昔百鬼拾遺シリーズ」3作が、2019年4月より、講談社タイガ、角川文庫、新潮文庫と、3つのレーベルから3カ月連続で刊行された。異例の刊行形態と各巻の内容、そして小説家・京極夏彦について、各出版社で作品を担当した編集者が語り合う。

新潮社 文庫出版部 新潮文庫編集部・青木大輔
KADOKAWA 文芸局 文芸図書編集部・岡田博幸
講談社 講談社文庫出版部・栗城浩美(50音順)

青木(『天狗』担当) 『今昔百鬼拾遺 鬼』(講談社タイガ)、『今昔百鬼拾遺 河童』(角川文庫)、『今昔百鬼拾遺 天狗』(新潮文庫)。「今昔百鬼拾遺シリーズ」3作が店頭に並びました。

岡田(『河童』担当) 1社での連続刊行はあっても、同一シリーズを3社で刊行するケースはなかなかないですよね。

青木 せっかくの機会なので、今回は、3部作そして京極作品について、担当者3人で語りあってみよう、と。

栗城(『鬼』担当) 昨年、3社共同の「三京祭」という企画がありまして、『鉄鼠の檻 ハードカバー版』(講談社)、『ヒトごろし』(新潮社)、『虚談』(KADOKAWA)の全巻購入特典として、『鬼』が誕生したのですね。そもそも特典として小説を想定していませんでしたが、岡田さんが「読者が一番喜ぶのは小説じゃないですかねえ」とさらっとおっしゃって。

岡田 はい。言っちゃいましたね。

栗城 その時点では「特設サイト限定で読める短編小説」という話だったと思うのですが。

岡田 80枚くらいの短編のイメージでした。どなたからの提案だったか、やがて「3作にリンクした小説を書いていただきたい」という流れになり――。

栗城 どなたからでしたでしょう? 京極さんも「全作品に関係してたほうが公平でしょう」とすぐにおっしゃってくださったような──。

青木 まさか! 私はその打ち合わせに同席してなかったのですが、早くも成立の経緯が歴史の闇に消えている(笑)。

岡田 経緯はともかく、依頼を受けていただき、やがてそれが『鬼』のウェブでの連載と繋がったのですが、思い起こせば暴挙ですよね(笑)。

青木 暴挙(笑)。

岡田 そして『鬼』を礎として『河童』『天狗』が生まれたわけですが――。

青木 長くなってしまうので、以降の話は割愛しましょうか。3作品すべてのデザインを担って頂いた坂野公一さんとwelle designの皆さんには多大なご苦労をおかけしました。完成した後に「楽しかった」とおっしゃって頂きましたけど。談合したのは帯のボディコピーのスタイルくらいですよね。

栗城 断じて、談合ではない(笑)。

青木 「帯コピーの土台だけは揃えましょう」と主張しました。あまりに文字数が違うと坂野さんが困るから。でも、メインのコピーはバラバラ。
「鬼の因縁で斬り殺される血筋の呪い――?」『今昔百鬼拾遺 鬼』(講談社タイガ)
「奇怪な連続水死事件」『今昔百鬼拾遺 河童』(角川文庫)
「天狗攫いか――巡る因果か。彼女が姿を消した、夏。」『今昔百鬼拾遺 天狗』(新潮文庫)。
 作品が違うし、それぞれの芸風も異なるし。『天狗』のメイン・コピーは『姑獲鳥の夏』へのオマージュなんだけど、京極さんには評価してもらえなかった(笑)。

岡田 そうだったんですか(帯を見直す)。

栗城 全然、気づいてませんでした(笑)。

京極作品の公正さ

青木 3作とも女性が展開してゆく小説ですよね。(3作の主要登場人物の)呉美由紀は女性から見てどうですか?

栗城 清潔感があって、物事の見方がニュートラルで、しっかりしていると思います。美由紀ちゃんは女学生でまだ若いけど、ハードな事件を体験してきているので、精神的にはもう大人の女性ですよね。

岡田 うんうん

栗城 美由紀ちゃんが敦っちゃん(同じく主要登場人物の中禅寺敦子)に惹かれるのは分かります。「敦子さんはちゃんとした大人だ!」。信用できると感じるんでしょうね。

青木 京極堂=中禅寺秋彦の妹ですけど、敦子は探偵に向かない論を著者自身が「波」7月号のインタビューで語っています。「敦子は正確さに固執するあまり、ここぞという時の決断力に欠けます。確証がなければ動けないし、自分の主張を押しつけることもしない。長編シリーズに出てくる兄貴の中禅寺秋彦のように、狡猾で老獪な駆け引きができるわけでもありません。公平さが弱点になるわけで、むしろ探偵役には不向きなキャラクターだと思いますね」と。でも、今回は探偵なんだよね。

岡田 探偵ではなく、あくまでも彼女の資質は記者だと思います。今回は探偵のポジションにいるけど。

栗城 調査は得意だが、語り(騙り)が得意じゃないということなんでしょう。探偵補佐としてはとっても優秀な人ですよね。

青木 探偵という宿命を背負った人ではない。でも、誠実で気持ちが良くてとてもクレバーな人です。

栗城 同僚にいたら本当にありがたいでしょうね。3作が凛とした小説になっているのは、きっと敦っちゃんと美由紀ちゃんのおかげです。

青木 『鬼』は「恐い」。『河童』は「下品」。『天狗』は「傲慢」がモチーフになっています。

岡田 『鬼』の「昭和の辻斬り事件」は鮮烈ですよね。

青木 血腥い事件だけど、小説としてはぞくぞくするほど魅惑的。

岡田 ミステリとして、とても好きです。

栗城 私も大好き。そして我々の無茶振りに京極さんが華麗に応えてくださっています。

青木 『河童』は最も妖怪度数が高い。

岡田 「怪」と「幽」の2つの雑誌(現在は「怪と幽」という雑誌に統合)に横断で連載された影響が大きいと思います。

青木 冒頭から妖怪の話が満載。何しろ妖怪研究家の多々良勝五郎先生が活躍しますから。今回は、いきなり「違いますよ!」と叫びながら出てくる(『河童』138P)。

栗城 河童に似た属性を持つ全国の妖怪が、統一されたキャラクターに一元化されていく様が、作品内で見事に描かれてもいます。

岡田 河童は1つのキャラクターに収斂してゆく妖怪の代表格みたいなところがあるので、そのあたりを語りやすい題材ですね。

青木 「下品だ下品だ」と語られながら進むけど、ラストに提示されるヴィジョンがとても美しい。

栗城 驚きますよね。でも、あのヴィジョンも含めてまぎれもなく、河童の話。

青木 多々良勝五郎が変人の割に、いいこというんだよね。多々良にモデルがいるのかいないのか僕にはさっぱりわからないけど……そもそも京極さんの小説にはモデルは一切いないからなあ。

栗城 そうですか? なんだか青木さんによく似た名前の人が出ていたような――。

青木 創作上の偶然じゃないのかなあ。さて、ここで3作を貫くテーマについて話したいんですけど、差別問題、そして人間が人間として正しく生きるために必要な公正さ、かな、と。

岡田 そう思います。そもそも妖怪のことを語ろうとすると差別問題にぶつかるし、「巷説(百物語シリーズ)」もそのあたりの話は出てきます。だから、流れとしては自然なのかな。それが現代的な要素も含めて提示されているのが3作の面白いところです。

青木 京極さんが公正なのは、妖怪が好きだからそうなったのか、妖怪好きの奇人変人ととことん付き合ったからこうなったのか(笑)。

栗城 京極さんはいつも「言葉は使い方が重要です」とおっしゃっています。「不適切な言葉の使い方をすることで揉めごとや争いごとの元になる。最適な言葉の使い方をしていれば真意はきちんと伝わるものなんです」、と。作品で体現されているんじゃないでしょうか。

岡田 ええ。「女だからとか男だからとか、そう云う区別は無意味だと思う」(『鬼』8P)。3部作開幕早々に語られています。

栗城 『天狗』には、篠村美弥子さんが登場しますね。美弥子さんが登場する「鳴釜 薔薇十字探偵の憂鬱」(『百鬼徒然袋――雨』所収)もジェンダーを扱う話でしたよね。

青木 「一つは――思い込みの激しい人、大ッ嫌いです」(『天狗』P124)という台詞をはじめ、おじさんとしては『天狗』を読んでいると言葉が胸にグサグサ刺さる。立ち止まり、考えながら読まざるを得ません。詳しくは作品を読んで頂くとして、ここで最後に展開されている議論には、未来まで延びるストロークがあるのですよね。

岡田 ええ。京極さんのご覧になっている射程は長いと思います。

栗城 この3作が3分冊になったことによって、これまで京極作品を読んでいなかった方々への恰好のエントリー・モデルになったな、という手応えがあります。エントリー・モデルであり、かつ先ほどから話が出ているように現代性を有しているというところが、私は読みどころだと思っています。

岡田 私も京極作品の入門編になっていると思います。

栗城 純然たるミステリーだけど、あなたが今不安に思っていることの答えも書かれているかもしれません。

青木 いいこと言うなあ。もともとの読者の方にはもちろん喜んで頂けると捉えてますが、「難しそうで読んだことはなくて」という方々に最適な作品なのだと思います。どの小説から読んでも問題ないし、共通項がありながらそれぞれの読後感が見事に違う。

栗城 妖怪を書いているけど現代と確実に響き合っている。京極作品に触れてこなかった方にぜひ手に取ってもらいたいです。なにしろ厚くないし!

岡田 昭和29年が舞台だから、鬼、河童、天狗について知らないから、という理由で身構えなくても大丈夫ですよね。予備知識がなくても十分楽しめる。

青木 手拭い一本を肩にかけて来るだけで、ふらっと入れます。

岡田 手拭いは要らないと思いますけどね。

魔術とリズム

青木 改めて全作を読み返してきたけど、その頁ごとに文章が始まり文章が終わるページ・ネーションは偉大ですよね。劇的に読みやすい。

岡田 ストレスを感じません

栗城 以前、アートディレクターの坂野(公一)さんと下北沢で対談されたときに、版面や使用する漢字をシリーズによって変えているとおっしゃってました。その上で、「目の端にひっかかるようなところに、鍵となるような単語を置く」と。ここまで意識的に言葉を扱っているクリエイターはどのくらいいるんでしょうか。

青木 もとより登場人物のキャラクター性がめちゃくちゃ強いんですけどね。登場人物のキャラクターとしての強さ、該博な知識とその援用の仕方――。

岡田 タイポグラフィ的な面白さを含めた版面への意識。ストロングポイントが幾つもあるのは恐るべきことです。

栗城 めちゃめちゃ濃い味ですよね。

青木 特濃。

岡田 ただし、特濃ゆえのストレスはない。

青木 視覚センスもさることながら、耳がとてもいい方だよね。役者の声色もうまいし(笑)。ネイディブ・スピーカーではないのに、関西弁も東北弁も縦横無尽に扱えるじゃない。そして、登場人物が喋っているところのリズムがとてもいいでしょう。時折、体言止めとかが入ったりするんだけど、ピリッと効いている。「そうさ。その頃ァ、打ち首ってな見せ物だ。今で云うなら公開処刑だ。童(こども)だった俺の親父も連れて行かれたそうだ。まだ十かそこらだぞ(以下略)」(『鬼』P152)なんてね。道中の至るところに名調子。

岡田 ミステリには台詞での説明が必要なところがあるのですが、説明されている煩わしさは一切ありません。

青木 リズムがいいからじゃないの。

岡田 たまにカタカナが入ったりするのも利いていますよね。カタカナの響きを帯びるようなニュアンスで使われている。

栗城 魔術師ですね。

青木 魔術でしょうねえ。すべての感覚をフルにつかって楽しめる小説を書いているんだから。

岡田 どこまで物をご存じなのか、底知れないところがありますよね。

青木 そして仕事が速い!

栗城 細かくて速い!

青木 そもそも、博覧強記の方って家の中がぐしゃぐしゃな人が多い気がするんですけどね。ルーズな感じというか。

岡田 ええ。そういうイメージありますね。

青木 机上はもとより書棚もカオスだったりして。階段に文庫、お風呂場に単行本。それこそが心地いいんだという方々も見てきた気がしますけど。初めてお宅に伺ったときにすべての本がビシッと完璧に収まっているので「新しい本は入るんですか?」と伺ったら、「コツがあれば入るんだよ」と。

栗城 仕事場がとても綺麗ですよね。「整理整頓に始まり整理整頓に終わる」と日頃からおっしゃってます。

岡田 整理馬鹿と自認されてますからね。

栗城 すべてのものの在りかをご存じだし、そもそも読んだ本の内容は忘れない。

岡田 資料を脇に広げながら書くということがないそうです。覚えていることを元に書いて、念のため資料を確認すると――合っている、というふうに。頭の中もきれいに整理されてるのでしょうね。整理されながらも、さらにそれが縦横無尽に接続されている。「百鬼夜行シリーズ」と「巷説百物語シリーズ」の作品世界は、実は繋がっています。

栗城 『ルー=ガルー』とも繋がっています。

青木 『ヒトでなし 金剛界の章』『ヒトごろし』とも繋がっていることがこのほど確認されました。

岡田 しかも、それについての膨大なメモや年表をこれまで作らずに書かれていたんでしょう? このあいだ初めて年表をつくってみたらほぼ間違っていなかった、とおっしゃっていました。

栗城 聞きました。その年表、すっごく欲しい!

岡田 読者の皆さんも欲しいでしょうね。

青木 次の共同企画の特典にしましょうか。

栗城 また京極さんのお仕事を増やしちゃうことになりますよ(笑)。

青木 ――よし決めた、この座談会のタイトルは「小説家・京極夏彦の整理と魔術」にしよう。

栗城 相変わらずスベッてますね(笑)。

岡田 そのタイトルだと「整理整頓の魔術師」みたいですよ(笑)。

構成:青木大輔

新潮社
2019年8月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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