アリョーシャ年代記…工藤正廣著

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アリョーシャ年代記

『アリョーシャ年代記』

著者
工藤正廣 [著]
出版社
未知谷
ISBN
9784896425765
発売日
2019/05/07
価格
2,700円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

アリョーシャ年代記…工藤正廣著

[レビュアー] 宮下志朗(仏文学者・放送大特任教授)

 モンゴル人支配を示す「タタールの軛(くびき)」の下、14世紀のロシアの若者のさすらいと魂の成長を端正な文章で描く。ロシア文学の翻訳かと見まごうばかりの手際に幻惑された。

 「真の父を探し出しなさい」と言葉を残し、旅芸人一座で共に生きてきたアリョーシャの前から父が去ったのは9歳のとき。10年後、若者は一座を離れて荒野をめざした。流浪の末、ある町で聖堂の聖像画を描こうとする画僧らと出会い、助手となる。町から離れた修道院領の谷間に、不治といわれた病者や漂泊者が集う自給自足の村「ソスノヴォ共生圏」があった。だが、聖像画が象徴する理想を望まず、谷間を破壊しようとする「汚鬼(おき)」のような敵の攻撃が迫る。共生圏を守れるのか?

 「名を残すのではなく、名を消すという」画家の高邁(こうまい)な志、祈りの歌をつぶやき漂泊する「痴愚行者(ユロージヴイ)」、8月のライ麦の刈り取りなど、印象的な個所も多い。僧坊の写本室で書かれた言葉の力に目覚めたアリョーシャは、言葉は「生きていたことの形見」で「死を越えて生き延びる」と筆を執る。詩趣あふれる物語を堪能した。(未知谷、2500円)

読売新聞
2019年7月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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