彼女たちの場合は…江國香織著

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彼女たちの場合は

『彼女たちの場合は』

著者
江國 香織 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784087711837
発売日
2019/05/02
価格
1,944円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

彼女たちの場合は…江國香織著

[レビュアー] 村田沙耶香(作家)

純粋な旅 秘密の時

 旅から帰ってきたとき、「どうだった?」と言われて、本当に「どうだった」のか話すことができる人などいるのだろうか。旅は説明不可能な小さな奇跡の連続で、いくらメモを書いても写真を撮っても、その時間の一番大切な部分を保存することはできない。

 この本は、14歳の礼那と17歳の逸佳の、家出ではない、純粋な旅の物語だ。タイトルの通り、描かれているのは「彼女たち」の旅だ。彼女たちが飲んだコーヒー、嗅いだ匂い、バスから見える景色。彼女たちだけの無数の瞬間は、個人的であるのに不思議な普遍性を感じさせる。

 旅の最初、二人はいくつかの約束を交わす。「今後、この旅のあいだにあった出来事は、永遠に二人だけの秘密にする」というのも、そのとき決めたルールの一つだ。旅が終わりに近づいたとき、礼那は逸佳に、それは無駄な約束だった、と言う。「なにもかも自動的に二人だけの秘密になっちゃう」と。

 このとき、なぜ自分がこの物語にこんなに惹(ひ)かれ、揺さぶられるのか、やっと理解できた。旅をしたすべての人の人生に宿っている「秘密」が、この物語には恐ろしいくらい誠実に存在しているのだ。「彼女たち」の旅の秘密を、二人と一緒に旅をした読者は鮮明に理解できる。こんな旅の物語は初めてで、二人の旅が言語の形で存在していることを、奇跡だと思った。

 彼女たちの旅を、二人の両親はそれぞれに受け止めており、「大人」としてははらはらしてしまう場面もあるかもしれない。だが多くの人が、いつの間にか、彼女たちができるだけたくさんの世界を見ることができるよう祈ってしまうのではないか。滞在している街の路線バスの終点まで行って、ただ見て、帰ってくることがどんなに大切で意味のあることなのか。物語の中の運転手さんだけでなく、「自動的に秘密」になった記憶をそっと保存している私たちも、切ないほど知っているのだ。

 ◇えくに・かおり=1964年生まれ。作家。著書に『神様のボート』『号泣する準備はできていた』など。

読売新聞
2019年7月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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