手塚治虫とトキワ荘…中川右介著

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手塚治虫とトキワ荘

『手塚治虫とトキワ荘』

著者
中川 右介 [著]
出版社
集英社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784087816686
発売日
2019/05/24
価格
2,052円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

手塚治虫とトキワ荘…中川右介著

[レビュアー] 森健(ジャーナリスト)

漫画家「梁山泊」の真実

 手塚治虫が若き日を過ごしたトキワ荘。藤子不二雄、石森章太郎(いずれも当時の名)、赤塚不二夫らが集い、漫画家の「梁山泊」となっていた――という「伝説」はよく知られている。

 だがこの「伝説」、事実と異なるところもあるという。例えば、手塚がトキワ荘にいた時期には藤子の2人も石森も赤塚もいない。また、「古ぼけた」イメージのトキワ荘も手塚が入居した1953年当時はほぼ新築だったというのだ。

 本書はこれまでの「伝説」から信頼できる事実を整理し、講談社や小学館などの出版社や編集者の動きまで追うことで、漫画黎明(れいめい)期の日々を詳細に記した群像評伝である。

 物語は手塚ら漫画家の誕生や出版社の来歴から始まるが、中心的に描かれるのは46年の手塚のデビューから藤子、赤塚、石森がトキワ荘を離れる61年までの15年あまりである。本書がおもしろいのは、人と人や出来事のつながりが、大きな流れの中で見えることだ。

 富山の高校を卒業したばかりの藤子の2人、藤本弘と安孫子素雄は、兵庫・宝塚の実家で描いていた手塚のもとを訪ねている。そこで手塚の膨大な原稿を見て、2人は圧倒されると同時に、プロへの自覚をもつ。石森(当時は小野寺)は漫画誌に載っていた投稿者の氏名と住所を基に同人誌作りを呼びかけ、そこに赤塚不二夫も参加していく。トキワ荘以前から未来の漫画家たちは交流の輪を培っていたのがわかる。

 トキワ荘が梁山泊となるのは54年に手塚が出たあとだった。「手塚と入れ替わって藤子不二雄の二人が入ったことで、『新進マンガ家たちのアパート』へと変貌(へんぼう)」した。実際、手塚の原稿が間に合いそうもないことから、藤子、石森、赤塚で分担した合作(未発表)、石森と赤塚による複数の合作などあの時あの場にいたからこそできた取り組みも少なくない。

 国内外に大きな影響を与えた漫画家たちが育んできた熱気が本書には詰まっている。

 ◇なかがわ・ゆうすけ=1960年生まれ。早稲田大卒。作家、編集者。主な著書に『江戸川乱歩と横溝正史』など。

読売新聞
2019年7月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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