歌詞から読み解く、知られざるプログレの世界 EL&P、イエス、クリムゾンの対訳をした翻訳のプロが語る

インタビュー

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意味も知らずにプログレを語るなかれ

『意味も知らずにプログレを語るなかれ』

著者
円堂都司昭 [著]
出版社
リットーミュージック
ISBN
9784845633562
発売日
2019/07/11
価格
1,760円(税込)

洋楽の歌詞を読み解くのは野暮なのか? 翻訳家に訊く“深い深い”プログレの歌詞世界

[文] リットーミュージック

洋楽を歌詞の方面から紐解いていく『意味も知らずに○○を歌うな!』シリーズの第四弾は、プログレがテーマ。イエスやキング・クリムゾン、ピンク・フロイドなどの楽曲の歌詞を解説しています。ところで、洋楽のライナーノーツには日本語訳が掲載されていますが、翻訳のプロの方は、いつもどのような心持ちで翻訳に臨んでいるのか? 今回、ギター・マガジンやヤング・ギターを始めとする音楽誌で通訳・翻訳家として活躍し、プログレ作品の訳詞やプログレ・バンドへのインタビューに携わることも多い川原真理子さんに、プログレの歌詞世界について伺ってきました。

訳詞に立ちはだかる“韻”と“人称”という壁

――歌詞にこだわりを感じるアーティストというと誰を思い浮かべますか?

川原 ……歌詞の最高峰という意味で言うとボブ・ディランですね。私自身は彼の音楽はちょっと物足りないんですけど、核心の言葉自体は使わずに、核心に触れるというのはすごいと思います。プログレ界で言えば、メルヘンチックではありますがキング・クリムゾンのピート・シンフィールドの歌詞は好きですね。意味もさることながら言葉の響きがキレイなんですよ。まあ、グレッグ・レイクがあの声で歌ったからというのもあると思いますけど、まず“詩”として成立していると思うんです。もうひとり、プロコル・ハルムのキース・リードも、歌詞専任という点でピート・シンフィールドに近いですよね。私自身はそれほど彼らの大ファンというわけではないんですけど、『Grand Hotel』(1973年)というアルバムは、歌詞と音楽が表裏一体となっていて大好きなんです。A面は華やかで、B面は醜い現実という構成なんですけど、音楽からも歌詞からもそれが感じ取れるんですよ。これはキース・リードの功績かなと思います。

――作詞専任メンバーがいるというのも、プログレの特徴ですね。ピート・シンフィールドはエマーソン、レイク&パーマー(以下:EL&P)やイタリアのPFM(プレミアータ・フォルネリア・マルコーニ)にも詞を提供しています。

川原 キング・クリムゾンの始めの2作とEL&Pは歌っている人も同じですから共通しているものはありますよね。ただ、歌詞は音楽もあってのものなので、やっぱりクリムゾンとEL&Pでは聴いた時の感じ方が違うように思います。EL&Pでのピート・シンフィールドの歌詞だと、個人的に好きだし印象に残っているのは「Karn Evil 9 c」3rd Impression/悪の教典#9 第3印象」(『Brain Salad Surgery/恐怖の頭脳改革』収録)の、コンピューターとの対話の部分。あのアルバムがリリースされた1973年はまだまだコンピューターなんて普及していない時代ですけど、その時代にあの詞を書けたというのはすごいですよね。後から、彼がコンピューターの会社でプログラマーをしていたというのを知りましたけど、示唆していた未来が今では現実になっているというのもすごいですし、あれはグレッグには書けない詞だと思います。

――同作の紙ジャケ版(ビクター:VICP-5317)では川原さんが対訳をされていますけど、コンピューター側の台詞をカタカナで表記するというのは印象的でした。日本語訳ならではの手法ですね。

川原 マンガから得たアイディアかもしれませんね(笑)。『鉄腕アトム』が大好きでしたから。あの部分は私もすごくこだわって、人間じゃないものを表現するために違う書き方をしてみました。インタビューとかでも、外国のミュージシャンが日本語で“Domo Arigatogozaimasu”って言っていたら、“ドウモアリガトウゴザイマス”ってカナ表記するようにしていますね。

――ニュアンスが伝わりますね。ただ、ご苦労も多そうです。

川原 歌詞を翻訳していて困るのは韻ですね。英語だとちゃんと韻が踏まれているわけですけど、それを訳すと韻が失われてしまうんです。なんとか日本語でも韻が踏めないかとがんばる時もあるんですけど、やっぱり難しいですね。あと、EL&Pの「Jerusalem/聖地エルサレム」(『Brain Salad Surgery』収録)はウィリアム・ブレイクの詩で、既に日本語訳があるわけです。最終的には私なりの言葉で訳しましたけど、これも悩みましたね。もうひとつ、英語の場合は二人称が“you”しかないわけで、それが誰なのかわかりづらいことも多いですね。というのも、宗教はやっぱり大きなテーマで、“you”が神様を指していることもあるわけです。パラグラフによって“you”が人間相手だったり神様だったり変わったりすると、すごく大変です。個人的には……EL&Pの「Pirates/海賊」(『Works Volume 1/ELP四部作』収録)が一番大変でした。海洋用語というのか、とにかく言葉が難しくて、1曲で3日ぐらいかかってしまいましたね(笑)。

――ちなみに、「Karn Evil 9」はどのように解釈していますか?

川原 私にもはっきりとはわからないです(笑)。サーカスみたいな内容から最後はコンピューターになるわけですから。まあ、人間や社会への警鐘、機械に頼りすぎるといつか支配されてしまうぞというメッセージなのは間違いないかと思いますけど……。ただそう言っているEL&P自身が、最先端のモーグ・シンセサイザーとかを使っていたわけですよね。ピート・シンフィールドの真意はわからないですけど、ちょっと自虐的な感じにも取れて面白く思いました。……これはキース(エマーソン)本人から聞いたんですけど、「イギリスのバンドは、どれだけ真面目な音楽をやっていてもどこかに必ずユーモアがある」って言うんです。これはヘヴィ・メタルでも同じで、どんなに強面のバンドでも、イギリス人の場合はどこかに遊びがあるんですよね。そこが他の国のミュージシャンとは違うところだと思います。

時代に限定されない普遍性を持つプログレの歌詞

――ユーモアというと、ジェネシスなんかもすごく『モンティ・パイソン』的ですね。

川原 そう、結局あれなんですよ、イギリス人は。だから、それを知らないと楽しめない部分もあったりしますね。……歌詞ではないですけど、EL&Pの「Are You Ready Eddy?」(『Tarkus』収録)の一番最後に、おそらくカール(パーマー)が何かを叫んでいる部分があるんです。歌詞カードには“M. O. Cheese”と書いてあって、私にも“エム・オー・チーズ”って聴こえたんですけど、意味がわからない。それが、後にキースに実際尋ねたところ、実はスタジオの賄いの女性が“サンドウィッチはハムとチーズどっちがいい?”って聞いてきたのを、カールがマネしていたんだそうです。“ハム・オア・チーズ”だったわけですね(笑)。ず〜っと悩んでいた謎がわかってスッキリしましたけど、そんなところまで録音しなくてもいいじゃないですか(笑)。これもイギリス人らしいなあって思います。

――5大バンドだと、エイドリアン・ブリューはアメリカ人ですが、歌詞に違いなどは感じますか?

川原 話し言葉はともかく、書いた詞だと綴り以外はそれほど違いはないと思います。それよりも、エイドリアンに関しては独特過ぎるというか、言葉遊びみたいなのが好きですよね。『VROOOM』以降は私が対訳をやらせてもらっていますけど、「Happy with What You Have to Be Happy With」はしりとりみたいな歌詞でどう訳せばいいか苦労したのを覚えています。

――では、イエスはどうでしょう。すごくファンタジックだったり観念的だったりしますが。

川原 例えば「Roundabout」だと、辞書を引くと“迂回路や環状交差点”、“メリーゴーランド”といった意味が出てきますけど、どうにもよくわからないですよね。私が翻訳で携わった『イエス・ストーリー 形而上学の物語』という書籍で、ジョン・アンダーソン自身がちょっとした解説はしているんですけど、やっぱり“Roundabout”自体が何を指しているのかはよくわからない。それが、ジョンに会った時に聞いてみたら、ツアー・バスの中から山が見えたんですけど、すごく高い山だったので、頂上の下に山を囲むように雲がかかっていたそうなんです。その光景を“Roundabout”という言葉にしたということなんですが、なんだソレ!?って思いましたよ(笑)。彼の中では論理立っているんでしょうけど、他の人にはわからないですよね。ビル・ブルフォードに会った時にも「イエスの歌詞は難解ですよね?」って聞いたら、彼は吐き捨てるように「何の意味もないからだよ」って(笑)。バンドだと、楽器隊は歌詞の内容なんて気にしていないことが多いですけど、それがまざまざとわかった瞬間でしたね。

――ピンク・フロイドの詞についてはいかがですか?

川原 私は歌詞を音で捉えることが多いんですけど、ピンク・フロイドの歌詞は聴いていてすごく心地好いです。『The Dark Side Of The Moon』は歌詞の内容とかを超越した、それ自体ですごいものとしか表現できない感じですけど、「Eclipse」の畳み掛けるような言葉使いとかは気持ち良いですね。ピート・シンフィールドとはまったく違う、感性に訴えかけてくるようなところが、ロジャー・ウォーターズの詞にはあると思います。……これは、プログレに限らずミュージシャンからよく聞くんですけど、その人は当然何かにインスパイアされて歌詞を書いたにしろ、聴く側がどう解釈するかは自由で、聴いた人の中で何かに共鳴して感動してくれたら嬉しいって言うんです。何々について書いた詞だと言いたがらない人が多いのもそういうことなんですね。誰が聴いても何らかの形で感動・共鳴できる詞が一番優れているということなんですけど、ボブ・ディランやロジャー・ウォーターズなどはそういう作詞家なんだと思います。……プログレの場合は特に、哲学や宗教からのインスピレーションや、当時の世情に対する異議などを直接的にではなく、比喩的に表現していたりもしますから、色褪せないというか普遍性が生まれるんでしょうね。

 ***

川原真理子(かわはら・まりこ)
東京都出身。ロンドン大学インペリアル・カレッジ、工学部コンピュータ科学科卒。IT系企業を経た後、現在フリーで音楽関係の翻訳(本、雑誌インタヴュー、CDの歌詞対訳[EL&P、イエスその他多数])、通訳などに携わる。クイーンと、初来日公演のテレビ中継をきっかけに知ったエマーソン、レイク&パーマーが音楽人生の二本柱と語る。

インタビュアー:山本彦太郎(ライター)

リットーミュージック
2019年7月23日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

リットーミュージック

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