『未来を、11秒だけ』
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都会の底で夢を見る 『未来を、11秒だけ』著者新刊エッセイ 青柳碧人
[レビュアー] 青柳碧人(小説家)
子どものころから、歯が抜ける夢をよく見ていた。突然、歯茎が砂のようになり、「あっ、いけない」と思いながらも歯がぽろぽろと口から落ちていく。慌ててかき集めて元に戻そうとしても、本当にそこにあったのかどうかわからないほどに、歯茎に嵌(はま)らないのだ。大学を卒業するころから頻度が増し、二~三か月に一度はこの夢を見るようになった。
あるとき、夢占いの本を読んだところ、歯が抜ける夢は「孤独」を象徴していると書いてあった。たしかに、就職活動をせずに自分探しを始めたあのころ、僕はやはり世間から取り残されたような感覚を無意識のうちに感じていたかもしれない。裏付けのように、結婚して子どもができてからは一度も歯が抜ける夢を見ていない。
この経験があるからかどうかわからないが、僕にとって夢とは常に孤独のイメージがつきまとうものである。どんなに友人・知り合いの多い人間だって、眠るときは一人。夢は完全なる孤独のうちに見るものだ。
本作に登場する星川司(ほしかわつかさ)と篠垣早紀(しのがきさき)はともに、夢に関する能力を持つ。前作『二人の推理は夢見がち』では、早紀の故郷の片田舎で起こった事件を解決に導いた二人だが、本作でも事件に巻き込まれる。舞台となるのは、新宿のシェアハウス。都会のど真ん中でどことなく孤独感を抱えた男女が寄り集まってすごしているこのシェアハウスのオーナー、ジョージもまた、夢で11秒だけ未来を見られるという特別な力を持つ。
一人、また一人と失踪するシェアハウスの住人。司やジョージの夢の中で繰り広げられる光景が、不穏な推理を交錯させていく。やがて彼らがたどり着いた真相とは――。
夢は完全なる孤独のうちに見るものだが、人は完全なる孤独のうちには生きられない。事件解決と共に彼らが獲得する未来がどういうものなのか――歯の抜ける夢を見ずにすむ明日を、作者としては願ってやまないものである。