核兵器への怒りを滲ませる重厚ミステリー 『風はずっと吹いている』長崎尚志

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風はずっと吹いている

『風はずっと吹いている』

著者
長崎 尚志 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784093865425
発売日
2019/07/10
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

核兵器への怒りを滲ませる重厚ミステリー 『風はずっと吹いている』長崎尚志

[レビュアー] 西上心太(文芸評論家)

 もとより作者は作画の浦沢直樹とコンビを組んだ脚本などで有名だが、フリー漫画編集者を主人公にした「醍醐真司の博覧推理ファイル」や、退官した刑事が主人公の「県警猟奇犯罪アドバイザー・久井重吾(くいじゆうご)」シリーズなど、小説でも実績を上げていることはご存じだろう。本書は作者が幼年期を過ごしたという、縁(ゆかり)の地を舞台にした作品である。

 広島の山中で白骨死体と一個の頭蓋骨が発見された。白骨死体は他殺で、来日して行方不明になっていたアメリカ人の女性であり、頭蓋骨は一九五〇年以前に生きていた日本人のものであることが判明した。

 アメリカ人女性殺人事件を追う中心が県警捜査一課の矢田誠警部補である。一方、矢田の先輩で警備会社に勤務する蓼丸(たでまる)は、警察を退職する遠因となった人物が、元国会議員久都内(くつない)の秘書に収まっていることを知る。やがて議員の周囲を調べる過程で、久都内の金庫番と呼ばれた老女・柚月美代子と出会う。そして敗戦直後の広島では、生き抜くためには手段を選ばない戦災孤児のグループがあった……。

 本書は並行して語られる過去と現在の三つのパートが絡み合い、やがて一つに収斂(しゆうれん)していく過程を描いたミステリーだ。頭蓋骨を記念の土産にする勝者たちがいれば、それが高く売れることを知った少年たちもいる。さらに放射能の砂漠と化した土地で、死こそが正常な状態であるという観念に囚われる者も現れる。こうして生きるために行われた過去のインモラルな行為が、生き残った者たちの現在を侵食していく。過去と現在を結ぶ複雑な人間関係も読みどころの一つ。

 人類史上最悪の残虐行為であった核兵器攻撃への怒り。その怒りが物語の底深く流れる力作だ。

光文社 小説宝石
2019年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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