ヴィータ 遺棄された者たちの生…ジョアオ・ビール著 Vita:Life in a Zone of Social Abandonment

レビュー

6
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ヴィータ

『ヴィータ』

著者
ジョアオ・ビール [著]/トルベン・エスケロゥ [写真]/桑島薫 [訳]/水野友美子 [訳]
出版社
みすず書房
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784622087861
発売日
2019/03/23
価格
5,400円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

ヴィータ 遺棄された者たちの生…ジョアオ・ビール著 Vita:Life in a Zone of Social Abandonment

[レビュアー] 藤原辰史(農業史研究者)

遺棄された人々の実態

 「遺棄された人びと」。ポルトガル語でアバンドナードスという。アルコールやドラッグの中毒に陥った人びと。精神病を患った人びと。エイズの症状に苦しむ人びと。ブラジルの過度の市場競争、国家の福祉からの撤退の中で、そういった人びとの存在が社会問題化している。

 ブラジル南部の「ヴィータ」と呼ばれる施設には、これらの人びとが暮らしている。遺棄する側からは不可欠ながら社会の陰部として、国、職場、家族から文字通り遺棄されて行き場を失った人からは生きるための最後の砦(とりで)として、経済成長に沸くブラジルを陰から支えている。

 本書はまさにこのヴィータを描いた驚くべきエスノグラフィー(研究対象の集団に入ってする調査)である。何より驚くのは、カタリナというヴィータに住む1人の女性を調査していく中で、研究者という枠を取っ払い、彼女が死に、埋葬されるまで深くコミットしていくところである。著者が彼女の話を聞くうちにその魅力に取り憑(つ)かれ、特別食の援助、医者の紹介、捨てた家族を探し会わせるなど、研究者としては、とても危うい領域に踏み込む。

 だが、著者はこの危険を冒しながら、徹底的調査により真実を突き止めることができた。彼女は精神を病んだ者として家族から遺棄されたと思われていたが、実は彼女の心の病は、最初からではなく、この地域の遺伝病による身体的障害、精神科医による薬の過剰投与、家族の誤解と欺瞞(ぎまん)によって作られていったのである。

 そして本書最大の魅力は、カタリナが紡いだ「辞書」と呼ぶ19巻に及ぶ詩のような言葉のうち、遺棄を免れたもの全てが最後の章で紹介され、写真家が撮った澄んだ目の彼女の横顔とともに掲載されているところだ。私は身震いせずには読めなかった。「生きているのに死んでいる」「良い実を結ばない木はみな切り倒されて/火に投げ込まれる」。さて、「狂っている」のはどちらか。桑島薫、水野友美子訳。

 ◇Joao Biehl=ブラジル生まれ。米国で博士号を取得。現在はプリンストン大教授。専門は医療人類学。

読売新聞
2019年7月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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