【自著を語る】奇跡と祈りの眼差し――稲田美織『日月巡礼 出羽三山』

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日月巡礼 出羽三山

『日月巡礼 出羽三山』

著者
稲田 美織 [著]
出版社
小学館
ジャンル
芸術・生活/写真・工芸
ISBN
9784096822999
発売日
2019/06/17
価格
3,960円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

奇跡と祈りの眼差し

[レビュアー] 稲田美織(写真家)

2001年9月11日に起きた、アメリカ同時多発テロ。その惨状を目撃した稲田美織さんは、「テロはあまりにも悲惨で、神さまは人類をどこに導こうとされているのかを知りたくて、そして調和への鍵を求めて、私は、世界中の聖地へ巡礼に旅立ちました。」と語ります。新刊『日月巡礼 出羽三山』について、お話を伺いました。

 ***

 私は一九九一年からニューヨークに、十七年間住んでいましたが、二〇〇一年九月十一日に自宅から同時多発テロを目撃し、それまでの価値観が変わるほどの衝撃を受けました。世界のあらゆる人種が集まるニューヨークで、人々が友人として仲良くなることで、世界中にそれが広がり、平和に繋がってゆくと信じていたのです。テロはあまりにも悲惨で、神さまは人類をどこに導こうとされているのかを知りたくて、そして調和への鍵を求めて、私は、世界中の聖地へ巡礼に旅立ちました。すべての聖地や、そこでの祈りの姿は美しいものでした。しかし、唯一の神さまを信じる場合、その神さま以外には祈ることはできません。それが争いの元になっていることも事実でした。日本人はあらゆるものに神仏が宿ると信じているので、どの聖地に行っても祈ることができ、それは、これからの世界の平和にとって、とても大切な感性だということに気が付いたのです。

 テロから五年経った頃、それまでに巡礼した世界の聖地の写真展を銀座で開く機会を頂きました。そこにいらした、神宮にご縁のある方のご縁で伊勢神宮に導かれ、式年遷宮まで撮影させていただくことになりました。人は自然の一部であり、自然によって生かされていること、また全ては循環していることなど、大切なことを沢山教えていただきました。私はそれらの学びを伊勢神宮の英語本『Ise Jingu and the Origins of Japan』として出版しました。その本は伊勢志摩サミットの際、不思議な経緯で、G7の首脳陣に事前に手渡され読んでいただけたのです。さらにその直前に有楽町の外国人特派員協会で、記者会見と展覧会を開くことになり、展覧会の最終日、突然、出羽三山の神職の方から電話を頂きました。その六年前に一度、出羽三山を訪れて写した写真を覚えていらしたその神職からの、撮影依頼だったのです。その写真はこの写真集の表紙になりました。そして私は、再び出羽三山に赴きました。六月雪渓の残る月山・姥ヶ岳で霧と雪の斜面に苦戦しながら登ると、姥ヶ岳の頂上には、なんと高山植物が咲き乱れていたのです。高度に関係なく、雪が解けたところから春がやって来ることを、初めて知りました。その天空のお花畑の美しさにすっかり魅了され、私はその日から三年間、無我夢中で出羽三山を撮影してきました。自然の力はあまりにも大きく、畏怖の念を抱きますが、同時に沢山の恵を私たちは頂いています。私は、この出羽三山で感じた、神さまと山と人々の関係が、とても素敵だなと思ったのです。

 短い夏の間、あらゆる生命が次世代に命を繋ぐため、精一杯生きているその姿はエネルギーに満ち溢れています。台風の前など、月山から雲が飛天や龍のような姿で、天に飛び立ちます。また、珍しいブロッケン現象にも出逢い、いにしえの人々がそこに神仏を感じたことは、自然なことだと思いました。羽黒修験道では、羽黒山は現世、月山は死後の世界、湯殿山は来世と言われ、三山を巡ることは、江戸時代には「生まれ変わりの旅」として、広がりました。それは日本古来の山岳信仰とも繋がります。山伏の方々は現世の自分を葬り、白装束をつけて山で無心に修行し、天地のエネルギーをいただき、擬死再生によって、新しい自分に生まれ変わるのです。現世の様々な執着を捨てて、無になることは、現代社会ではとても大切なことかもしれません。また湯殿山では、まるで母なる大地から、新しい命として生まれ出るような体感を得られます。

 この写真集には美しい奇跡の自然現象、そして祈りの美しさを、沢山収めさせていただきました。是非、ページを開いて、出羽三山の気を感じてください。

小学館 本の窓
2019年7月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

小学館

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