「国語」から旅立って…温又柔著

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「国語」から旅立って

『「国語」から旅立って』

著者
温又柔 [著]
出版社
新曜社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784788516113
発売日
2019/05/15
価格
1,404円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

「国語」から旅立って…温又柔著

[レビュアー] 加藤徹(中国文化学者・明治大教授)

 中高生もすらすら読めるやさしい本だが、中高年にも読んでほしい深い本だ。

 本書は、幼いころ台湾から日本に移り住んだ作家・温又柔氏による自伝的エッセイである。彼女の家では、台湾の公用語である中国語(台湾では「國語」と呼ぶ)、方言である台湾語、そして日本語をおりまぜた言葉が飛び交った。日本で育った著者は、台湾人だが、中国語より日本語のほうがずっと得意だった。物心がついたあと、切ないこと、嬉(うれ)しいこと、自分の存在が不思議に思えることを経験する。

 中学での最初の英語のテストで、自分の名前をON YUUJUUではなくパスポートどおりWEN,YOUJOUと書いたら、×をもらった。「中国語ができるようになればきっと、わたしは今よりももっとわたしらしくなれるにちがいない」と信じて、高校の第2外国語で中国語を選択した。が、教科書の例文は「私は日本人です」「私は中国人です」の二択のみ。大学の中国旅行では、パスポートの「中華民国」という国名を見た中国人から「こんな国、ないよ!」と日本語で言われ、「わたしの国はどこにある?」と悩む。とどめは、日韓ワールドカップの夜、居酒屋で、居合わせた男性から何気なく言われた言葉だった。著者は打ちのめされ、「逃げる」ことを決意する。

 逃げた先は大学院だった。ゼミの担当教授は、アメリカ生まれの日本語作家、リービ英雄氏。著者は、そのゼミで取りあげられた、韓国と日本のあいだで葛藤した李良枝(いやんじ)氏の小説を熱烈に愛読し、自分も作家となる。台湾人としても日本人としても中途半端な存在だと嘆くことは、もはやない。

 人は誰しも、自分は失敗作なのか、と悩み、本当の自分を探す旅に出る。陳舜臣氏の自伝的小説『青雲の軸』もそうだったが、本書もまた、悩む力、旅に出る勇気の大切さを思い出させてくれる。

 ◇おん・ゆうじゅう=1980年生まれ。小説家。著書に『真ん中の子どもたち』『台湾生まれ 日本語育ち』など。

読売新聞
2019年7月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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