『制作 上』
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19世紀、仏美術界の舞台裏を描いたゾラ
[レビュアー] 野崎歓(仏文学者・東京大学教授)
【前回の文庫双六】個性豊かな面々の美術館が舞台の小説――北上次郎
https://www.bookbang.jp/review/article/576748
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美術館学芸員たちの日常を描く山本作品に続いては、美術界の舞台裏を描いた元祖(?)というべきゾラの長編をご紹介したい。
南仏育ちのゾラが少年時代以来、セザンヌと親友だったことはよく知られている。芸術への夢を語りあった二人はパリに出て、それぞれ作家、画家の道を目指す。ゾラのほうが一足先に成功をつかんだのに対し、セザンヌは無理解にさらされ続けた。そんな二人の関係が物語の下敷きになっている。
とはいえゾラの持ち前の雄渾(ゆうこん)なイマジネーションが発揮され、芸術家小説としてすさまじい迫力をはらむ。
主人公クロードは「絵のことで頭がいっぱいになると、親をも殺しかねない」男。その彼の前に立ちはだかるのが「サロン」、つまり保守的審査員の牛耳る官展という制度である。
審査に受からない限りプロの画家としての道は開けない。だが反逆的なクロードは徹底的に嫌われる。彼の模倣者たちが入選するようになっても彼だけは門前払いを食わされる始末。
審査の様子が面白おかしく描かれるが、さらに驚かされるのはサロンの人気ぶりだ。パリ中の人々が押しかけ、絵の前で笑ったり憤(いきどお)ったり大騒ぎ。一枚の絵が、かつてはこれほどのリアクションを引き起こすものだったのか。
待望の入選を果たしたものの、クロードの絵が大広間の天井近くに掛けられてろくに見てもらえないという挿話が胸を抉る。壁面のどの位置を得るかも画家にとって死活問題だった。
シテ島とセーヌの光景に取りつかれ、パリの生命そのものを巨大なタブローに描き出そうとするクロードの奮闘が克明に描かれる。幻の傑作を目の当たりにするかのような生々しさだ。極貧の暮らしのなか、彼を支える妻の苦闘も悲痛きわまる。
バルザックの短編「知られざる傑作」を明らかに踏まえつつ、ゾラがバルザック超えをなしとげた傑作といいたくなる。