あとは切手を、一枚貼るだけ 小川洋子・堀江敏幸著

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あとは切手を、一枚貼るだけ

『あとは切手を、一枚貼るだけ』

著者
小川 洋子 [著]/堀江 敏幸 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120052057
発売日
2019/06/19
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

あとは切手を、一枚貼るだけ 小川洋子・堀江敏幸著

[レビュアー] 小池昌代(詩人・作家)

◆2人の秘密巡る往復書簡

 年齢も近く、その作風にも親和性が感じられる作家二人が、往復で交わした書簡集。とはいえ、出だしの一行から、これが書簡の形を借りた創作であることがわかる。

 霧のなかを手探りで歩くような作品である。二人には、第三者に明かす必要のない、二人だけがよく知る秘密があり、言葉はその周囲を暗示的に巡る。私たち読者は手紙を盗み読む者。本来禁じられていながら、同時に開かれてもいる世界へ、読むという行為を伴って分け入っていく。

 あとは切手を一枚貼るだけ。貼りさえすれば言葉は飛んでいく。するとここに記されたものは、書き手の傍らで一時、留め置かれ、あたたまっている言葉だろうか。確かに言葉で書かれてはいるが、言葉以前の光のようなもので編まれた想念の塊ではないのか。私は宙に浮いたそれらを、ひょいと手でかき集め、それを文字に変換しながら読んでいるのでは。そんな感覚にとらわれていた。

 興味を引かれたのはその文体だ。まるで一人の作家が書き分けたのかと思えるほど、二人の文体がとけあっている。本来、小説家は、作品にはっきりと自己の名を刻みつけ、他とは異なる唯一無二の世界をたちあげようとするものだ。だからこの個性の消し方には興味を覚えないわけにはいかない。書簡という形式が、そうさせたのか。

 彼らは核心部分に触れないまま、無数の言葉をやりとりするが、その周囲に、幾重にも精緻なイメージの花が開いていく。傷と痛み、許しと記憶、死と水とボート。血のにじんだガーゼ。一枚の巨大なレースが編み込まれていくようだ。私にはそれが、作家というより詩人の創作態度に思われた。

 各章に引用された書籍があり、すばらしい読書案内にもなっている。本のなかの本を共に読むことで、読者は本書の内奥へ、更(さら)に深く分け入っていけるだろう。まど・みちおの「ことり」という詩には、とりわけ心を奪われた。本書の心臓部には、この「ことり」が住んでいて、二人に繊細で力強い歌を歌わせている。

(中央公論新社・1728円)

小川 1962年、岡山市生まれ。作家。

堀江 64年、岐阜県生まれ。作家。

◆もう1冊 

『まど・みちお全詩集<新訂版>』(理論社)

中日新聞 東京新聞
2019年8月4日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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