オバマ、ザッカーバーグも虜に中国から世界に衝撃のSF作品
[レビュアー] 武田将明(東京大学准教授・評論家)
2008年に刊行された原著は中国で大ベストセラーとなり、本書を含む三部作の売り上げは2100万部を越える。さらには、15年に英訳版がSF界で最も権威のあるヒューゴー賞を受賞するなど、英語圏でも高い評価を受けた。こう書くと、中国文学にもSFにも関心のない読者は敬遠するかもしれないが、実にもったいない。というのも、本書は特定の地域や分野に収まらない、怪物的なスケールを備えた娯楽文学だからである。
物語は、父と同じ物理学者の道を歩むも、文化大革命でその父を理不尽に殺され、自身も反革命分子として処罰された女性、葉文潔(イエ・ウェンジエ)の人生を描く部分と、現代中国を舞台に、最先端のナノ素材を開発する汪淼(ワン・ミャオ)たちが、高名な物理学者の相次ぐ自殺を調査する部分からなる。この両者が次第に重なりつつ、地球の科学を停滞させ、人類を滅亡に導く宇宙的陰謀が浮かびあがる。
ちなみにタイトルの「三体」とは、三つの天体が互いに引力によって影響を与えあっているとき、その軌道を予測することはできない、という天体力学の問題を指している。
巧みなプロット構築や癖のある人物造形など、小説としての土台が確かな上に、文明論、歴史ドラマ、刑事ドラマ、宇宙戦争、仮想現実(ヴァーチャルリアリティー)など、読者を楽しませる要素がてんこ盛りである。
しかもそれは決して月並みな寄せ集めではなく、「三体人」なる地球外生命体の歴史を宣伝するために作られたオンラインゲームの中で、ニュートンとフォン・ノイマンの献策を受けて秦の始皇帝が「人列コンピュータ」を製作させたり、またその地球外生命体の科学者が十一次元の陽子(ようし)を二次元に展開して回路を書きこみ、「智子(ちし)」という極小の人工知能を開発したりと、奇想と機智に溢れた描写の数々には、唖然とする他ない。
バラク・オバマやマーク・ザッカーバーグも読み耽ったという本書の魅力は、小説の醍醐味を改めて感じさせてくれるだろう。