盲目の青年探偵を描いた“華文ミステリーの秘密兵器”
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
翻訳のエンタテインメント小説でこの夏一番の話題作は劉慈欣『三体』。サスペンスフルな中国産ハードSFだが、ミステリーも負けちゃいない。本書は、中国語で書かれた未発表の本格ミステリー長篇を募る島田荘司推理小説賞の第四回受賞作。
「華文ミステリーの秘密兵器」という惹句にふさわしい逸品だ。
馮維本(フォンウェイベン)ことベンヤミン・フォン・ヴィトシュタインは通称・阿大(アーダイ)、中国の孤児院で育ったのち、ドイツの富豪の養子となった盲目の青年。幼時より推理能力に長けていた彼は、六歳の少年が木の枝で両眼をくり抜かれるという中国で起きた事件に興味を抱き、心配する養父母がお目付け役に手配したインターポール職員の「蝶おばさん」こと温幼蝶(ウェンヨウディエ)ともども真相を突き止めるべく中国文明発祥の地・黄土高原に旅立つ。
地元の警察は被害者・小光(シァオグァン)の伯母である王禧娣(ワンシーディー)を容疑者と睨んで追及するが、彼女は村にある井戸に身を投げ死んでいた。なるほど彼女には疑うに足る証拠や怪しい行動が見受けられたが、その一方で、もともとやさしい性格で小光を可愛がっていたという証言もあり、警察に異議を唱える声も多かった。やがて村民相手に捜査を始めた阿大はさらに意外な事実を突き止めるが……。
物語は阿大たちの捜査と並行して、彼の子供時代のものとおぼしきエピソードが綴られていく。素人探偵が山村で起きた事件を探りにいくというのはよくある話だが、本書ではふたつのストーリーが似たような場面同士でつなげられたり、語りかたからしてワケありふう。実際そこには、様々な伏線が張られていたりするのだ。
阿大は障碍者ながら負けん気が強く、反骨精神も旺盛。そこにもまた仕掛けがあったりして。盲目の主人公ものは日本作品でも下村敦史の江戸川乱歩賞受賞作『闇に香る嘘』等秀作が少なくないが、本書はタイトルの由来からしてインパクトあり。華文ミステリー、恐るべし。