[本の森 ホラー・ミステリ]『みどり町の怪人』彩坂美月/『逃亡山脈』樋口明雄/『犯人選挙』深水黎一郎
レビュー
書籍情報:openBD
[本の森 ホラー・ミステリ]『みどり町の怪人』彩坂美月/『逃亡山脈』樋口明雄/『犯人選挙』深水黎一郎
[レビュアー] 村上貴史(書評家)
若者の恋愛感情、嫁と姑、小学生の友だち付き合いや先生との親交、等々。日常での心の揺れを優しく凛とした視線で綴った短篇を七篇収録した彩坂美月の『みどり町の怪人』(光文社)は、なかなかどうして、したたかな一冊である。
まずは各篇がしっかりと短篇ミステリに仕上がっている点が魅力だ。みどり町という地方都市で若い男女がようやく二人暮らしを始める第一話からして素晴らしい。甘々にスタートした共同生活が、ふとしたきっかけで変容していき、そしてその果てでいささか残酷で、しかし見方を変えれば誠実な真実が明かされる。第二話では、ある人物の心の棘が、見逃していた“あたりまえ”に気付いて解消される様を描いていて、温かなサプライズが味わえる。そうした上質なミステリ短篇が、視点人物を替えつつ七篇連なるなかで、過去の事件に囚われたみどり町の人間模様を浮かび上がらせていて、一篇毎に愉しみが増す。
そんな短篇を、本書では、深夜のラジオ番組の語りで繋いでいく。番組で話題の中心になるのは、“怪人を見た”という都市伝説だ。リスナーからの投稿が増えるにつれ、女性や子供を殺すというその怪物の伝説の発端は、どうやらみどり町で過去に起きた母子殺人事件にあるらしいことが見えてくる……というかたちで、短篇パートとラジオパートは密に絡む。この両者の重ね方も巧みだ。ラジオ番組の特性を短篇パートの情景描写と重ねることで見えてくる伏線も仕込んであったりして嬉しくなる。その上で著者は、短篇パートにもラジオパートにも、それぞれにしっかりとミステリらしいピリオドを用意した。サラリとしつつ、凄味を感じさせる小説であった。
樋口明雄の『逃亡山脈』(徳間書店)は、《南アルプス山岳救助隊K―9》シリーズの最新作。阿佐ヶ谷署の大柴刑事は、若手刑事を相棒に、南アルプス署から一人の窃盗犯を車で移送する命を請けた。だが、移送を始めてほどなく、大柴たちの車は大型トラックに襲われる。一体何が起きているのか……。とにかくページをめくる手が止まらない。危機また危機。それを乗り越える知恵と気力。ときに悲劇。さらに陰謀。そしてそこにレギュラーメンバーである南アルプス署山岳救助隊の神崎静奈と愛犬バロンが絡んでくる。痛快なノンストップアクションノベルとして愉しみつつ、時折顔を出す薄汚い“現実”が、生々しく苦い余韻を残す。夢中で読んで満足の一冊だ。
最後は、現時点では評価保留の作品。深水黎一郎『犯人選挙』(講談社)だ。長篇一冊にほど近い問題篇を読んで読者が犯人と思う者に投票し、“当選者”を犯人として著者が作品を完成させるという趣向である。犯人捜しに加え、密室の謎も相当に強力。九月の完成版刊行が待ち遠しい。