『緋い川』
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<東北の本棚>鉱山と貧困 医師の苦悩
[レビュアー] 河北新報
釜石市生まれのミステリー作家が、明治時代の宮城県北が主な舞台の長編小説を手掛けた。架空の鉱山町の病院に派遣された若手医師が、猟奇的な殺人事件や劣悪な環境下での鉱山労働などを目の当たりにし、人間の生と死に悩みながら成長するストーリーだ。
主人公は26歳の男性医師。出身大学の教授に勧められ、1900(明治33)年10月、先任の先輩医師がいる宮城県触別(ふれべつ)村の鉱山病院に赴任する。村では半年以上前から四つ目の獣が目撃されたり、バラバラに切断された人間の遺体が川から流れてきたりしていた。
主人公は優秀だと評判の先任医師から医療技術を学ぼうとするが、冷淡な対応を受け、歓迎されていないことを知る。そんな時に見物に行った秋祭りのさなか、またしても川から人間の腕と脚が流れてきて物語が動きだす。
小説が題材とした時代、国は軍事や鉄道敷設、造船で鉄を必要としていた。一方、医療は未発達で、輸血さえ一般的ではなかった。舞台となった山間集落では貧困層が鉱山廃液や、ばい煙などの鉱害の最前線で働き、まともな治療さえ受けられず死亡していく。明治に入って急速に西洋化した関東圏の暮らしの裏で起きていた、東北の山あいの悲哀も浮かび上がる。
当時の医療の限界に苦悩する医師たちと、過酷な労働環境にあえぐ坑内員の不満。さまざまな要素が絡み合って展開していくラストシーンにかけての疾走感は読み応えがある。
事件が相次ぐために著者は舞台を架空の町にしたが、作中には「石越駅」や「若柳警察署」といった、なじみのある固有名詞が散見され、親近感を覚える。触別村は石越駅から26.7キロほどで、徒歩で6~7時間という設定もあり、旧細倉鉱山を連想させる。
著者は1965年生まれ。2007年に横溝正史ミステリ大賞を受け、デビューした。
光文社03(5395)8116=1944円。