[本の森 SF・ファンタジー]『君待秋ラは透きとおる』詠坂雄二/『追憶の杜』門田充宏

レビュー

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君待秋ラは透きとおる = SISTER OF THE INVISIBLE

『君待秋ラは透きとおる = SISTER OF THE INVISIBLE』

著者
詠坂, 雄二
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041082829
価格
1,540円(税込)

書籍情報:openBD

追憶の杜 = MEMENTO MORI

『追憶の杜 = MEMENTO MORI』

著者
門田, 充宏, 1967-
出版社
東京創元社
ISBN
9784488018351
価格
1,980円(税込)

書籍情報:openBD

[本の森 SF・ファンタジー]『君待秋ラは透きとおる』詠坂雄二/『追憶の杜』門田充宏

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 透明人間はどのようにして身体を透きとおらせるのか。透明化の過程と効果、副作用まで、不思議な力を可能なかぎり科学的に説明するところが面白い。詠坂雄二『君待秋ラは透きとおる』(KADOKAWA)は、〈匿技士〉と呼ばれる超能力者を主人公にした長編小説だ。

 さまざまな匿技の持ち主を集める文部科学省管轄の独立行政法人〈日本特別技能振興会〉は、十年ぶりに新しい匿技士を発見した。君待秋ラという十九歳の少女だ。一度は勧誘を断った君待だが、やがて匿技をめぐる巨大な戦いに巻き込まれていく。

 君待が振興会に所属する麻楠均と対決する序盤からスリリングだ。〈鉄筋生成〉という匿技を用いて君待を組織に連れて行こうとした麻楠の正面に薄闇が現れる。薄闇以外のすべてが消失して、目を逸らそうとしても逸らせない。実はそのとき麻楠は君待によって頭を透明にされていたのだ。いつでもどこでも好きな長さと太さの鉄筋を取り出せる男と、自分だけではなく他人の姿も見えなくすることができる少女。超能力者のバトルの描き方が新鮮だ。

 他にも空間を拡張させたり、猫に変身できたりといった、ユニークな匿技が登場。その一つひとつにSFらしい理屈がつけられている。なかでもインパクトが大きいのは、戦後の混乱期に活躍した伝説の烈女・汐見ときの匿技だ。六十年以上前に米国との密約によって封印された汐見の異能とは……。真実が明らかになったとき、戦争のせいで特別な存在になってしまった人間の怒りと悲しみが浮かび上がる。また、君待は過酷な戦闘を経て、匿技を使いたくない自分と向き合う。匿技を持たない振興会の参謀役・土倉牡丹をはじめとしたサブキャラクターも魅力的で、この人たちの物語をもっと読みたいと思う。

 特殊な力を持つ人の戦いを描いた小説といえば、門田充宏『追憶の杜』(東京創元社)もおすすめしたい。デビュー作『風牙』の続編であり、過剰共感能力を用いて他人の記憶を読み取る感覚情報翻訳者(インタープリタ)・珊瑚を主人公にしたシリーズの第二弾だ。三つの中編が収められている。

 他者の感覚を追体験できる疑験空間に潜った珊瑚が、犬のような黒い影を目撃する場面から表題作は始まる。自分にしか見えない犬の正体を探るうちに、珊瑚は大切な人に再会する。他人の気持ちを理解するのは、誰にとっても難しいけれど、コミュニケーションにおいて重要なことだ。ただ、自他の境界がわからなくなるほどわかりすぎてしまったら? 物語の登場人物に深く共感することは、楽しいと同時に恐ろしい経験でもあると本書を読むと思う。それは未知の自分を発見するから。珊瑚の冒険を通して、普段は意識していない感情や忘れかけていた思い出が掘り起こされる。

新潮社 小説新潮
2019年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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