アンナ・カヴァンが描く「絶望的な情景」を堪能できる文庫3選

レビュー

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アサイラム・ピース

『アサイラム・ピース』

著者
アンナ カヴァン [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784480436030
発売日
2019/07/09
価格
946円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

孤独と絶望を作品に昇華 A・カヴァンの“鋭利な世界”

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 研ぎ澄まされた不穏な小説世界で人々を引き付けているアンナ・カヴァン。1901年にフランスのカンヌで英国人の両親のもとに生まれ、幼い頃から精神的に不安定だったと言われる彼女。最初の結婚生活が破綻した二十代の頃からヘロインを常用、29年に別名義で最初の長篇を発表するがその後も自殺未遂を繰り返し、68年にロンドンの自宅で死んでいるのが発見された。彼女が抱いていたであろう孤独と絶望は小説に鮮やかに反映されている。

 アンナ・カヴァン名義の小説は不条理に満ち、よくカフカも引き合いに出される。短篇集『アサイラム・ピース』(山田和子訳)はどれも幻想的、SF的な設定の中で絶望的な情景が描かれていく。代表作でもある「母斑(あざ)」は、語り手の寄宿学校時代の記憶と、大人になってからの異国への旅行の思い出が意外なところで繋がり、読者は背筋がすっと寒くなる思いを味わう。他にも寒く孤独な暮らしに耐えられないとパトロン夫人に直訴した女性が味わう落胆、当局の人間に鞄を持ち去られ抗議した後で主人公を襲う疑念……。今にも潰されそうな精神を、鋭利な文章で簡潔に語る。現実を超えた世界に一瞬のうちに引き込む語りは見事。

 彼女が死の1年前に発表した名作が『』(山田和子訳、ちくま文庫)。異常な寒波に襲われ、氷に覆われていく世界が舞台。〈私〉は自分を捨て他の男と結婚し、その夫の前からも姿を消したアルビノの少女を探して車を走らせる。やがて某独裁国家に潜入、〈長官〉と対面するが……。現実と幻想が溶け合い、悪夢的な光景が繰り返される。その描写も心象描写も、寒々しく悪魔的な美しさ。

 岸本佐知子編訳のアンソロジー『居心地の悪い部屋』(河出文庫)には、前述の代表的短篇が収録されている(こちらの表記は「あざ」)。他にはブライアン・エヴンソン、ポール・グレノン、レイ・ヴクサヴィッチといった多彩な顔触れが並び、どれもじわじわと気味の悪さがこみあげてくる短篇ばかり。カヴァン作品が好きな人ならこちらも気に入るはずだ。

新潮社 週刊新潮
2019年8月29日秋初月増大号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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