『おとうと』
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文芸作品に多数出演 吉永小百合の“姉弟愛”
[レビュアー] 梯久美子(ノンフィクション作家)
【前回の文庫双六】苦界に身を沈める武家娘を描く荷風――川本三郎
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永井荷風『夢の女』で主役のお浪を演じたのは吉永小百合だった。現在までに120本の映画に出演してきた吉永は、1963年の『伊豆の踊子』(川端康成)をはじめ、『潮騒』(三島由紀夫)、『細雪』(谷崎潤一郎)、『おはん』(宇野千代)など文芸映画の主演も多い。
2010年には幸田文(あや)原作の『おとうと』に主演したが、この映画の製作が発表されたとき、一瞬、「え?」と思った。原作の主人公は若い娘だが、このときの吉永は60代になっていたからだ。
実はこの映画、設定、ストーリーともに原作とは大きく変わっている。原作は幸田文自身をモデルとする作家の娘げん(物語の初めでは17歳)と3歳下の弟の話だが、映画の主人公は女手ひとつで娘を育てた母親(おそらく50代)で、親戚中の鼻つまみ者である風来坊の弟を笑福亭鶴瓶が演じた。監督は山田洋次である。
最初に映画化されたのは1960年で、主演は岸惠子、弟役は川口浩。監督は市川崑で、こちらは原作に忠実に脚色されている。
げんの弟は、級友に怪我をさせたことがきっかけで次第にぐれていき、崩れた生活の中で結核にかかる。姉弟の父と、その後添えである継母の仲はうまくいっておらず、げんは家事をこなしながら懸命に弟の看病をする。
幸田文には若くして亡くなった弟がおり、父である幸田露伴と継母の不仲や、継母の子供たちへの関心の薄さといった家庭環境も、実際の幸田家を反映していると言われている。
終盤に、死期が迫った弟の病室で姉弟が互いの手首にリボンを結んで眠る場面がある。
市川作品ではとりわけ美しく描かれていて強い印象を残すが、海外の映画祭で、このシーンが近親相姦をイメージさせるという評があったそうだ。
山田作品にも姉弟が手首にリボンを結び合うシーンがあるが、これは市川作品へのオマージュだという。