角川春樹が断言「この本は間違いなく成功する」 書店の反発を恐れた、早見和真の小説とは?

対談・鼎談

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店長がバカすぎて

『店長がバカすぎて』

著者
早見和真 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758413398
発売日
2019/07/13
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

特集 早見和真の世界

[文] 角川春樹事務所


早見和真(左)、角川春樹(右) 撮影:三原久明

書店を舞台にした痛快コメディ&ミステリー誕生

角川春樹(以下、角川) これ、傑作だよ。早見の作品の中で一番いい。力を入れて書いていると言っていたけど、その力の入れどころと抜きどころのバランスがうまく取れているなと感じたね。『小説王』も素晴らしかったけれど、それを見事に超えた作品になった。

早見和真(以下、早見) ありがとうございます。ただ、「ランティエ」の連載一回目を読んだ春樹さんの反応はあまり良くなかったと伺いましたが。

角川 これはまとめて読むべきだと思ったからね。ミステリーを書いてほしいとオファーしたけど、一話だけではその展開が読めなかった。まぁ、店長のバカさ加減は見えたけどさ(笑)。今回は特にユーモアが効いてるなぁと思うんだよ。

早見 春樹さんが僕に何を期待してくれているのかは意識しました。結果、言われたままストレートには書きたくないなと。僕は毎回違うものを書くとよく言われるんですが、その中でも「笑い」だけはずっと避けてきたんです。文章で書く笑いほど難しいものはないと自覚していたので。でも一方で、自分は人を笑わせたいという思いが強い小説家だという気持ちもありました。だから、今まで手を出してこなかったコメディをちゃんとやりたいと。そこにミステリー的な要素、それもさらなる笑いに昇華できるような仕掛けをプラスして、うまく融合できないだろうかというのが今回のスタートだったんです。

角川 そうか。新境地だね。今までも笑いがなかったわけではないけれど、今回は一巻を通して笑える。コメディというのは小説に限らず、映画もそうだけど難しいからね。

早見 でも、春樹さんが好きではないタイプの小説ですよね? 男臭さがどこにもない。

角川 おい、なんか勘違いしてないか(笑)。

早見 でも、一般の方が思う“角川春樹”のイメージってやっぱりそっちですよ。

角川 そう言われればそうかもしれないけどさ。俺が気になったのはタイトルだよ。最初に聞いたときは、おいおい、大丈夫かいなと。書店の反発をまず恐れた。

早見 いえ、タイトルには自信がありました。春樹さんからノーと言われても、ここは突っぱねていたと思います。

角川 通して読むと、このタイトルが後々生きてくるんだよな。まさか、あんな仕掛けがあったとはね、想定外だよ。それに主人公もいいなぁ。

早見 僕はこれまで書店員さんとかなり距離を置いて接してきたんです。本屋大賞に対して迎合していると思われるのが極度に怖かったから。ただ愛媛に引っ越したのを機にいろんなことに心を開いていこうと決めて、書店員さんとも向き合いたいと思いました。そうして出会った心ある書店員さんから聞いた話が鮮烈で、問題の本質も孕んでいると思いました。その人がモデルというわけではないんですけど。

書店員が主人公という作品の位置づけ

角川 今回の作品はね、書店員みんなが自分が主人公だという気持ちになって読んでいる。普段の五倍くらいのコメントも届いている。それだけ突き刺さったんだなぁ。安月給で長時間労働で、売りたい本を売る前には大量の返品作業もある。検品とかもね。それだけでもうへとへとになっているという実状が、これまで誰も書かなかった現実が、ここにはある。

早見 主人公が契約社員というのも、バカな店長の煽りを誰が一番くうかなと考えてのことでした。苦しい思いをするのは、アルバイトより、正社員よりも彼女たちではないだろうかと。

角川 可愛がっていたアルバイトの女性が、出版社の正社員となって主人公に会いに来るじゃない。で、その主人公が嫉妬する。リアルだからこその面白さだ。

早見 そんな書店員さんにプラスワンで何かできないかなと考えたんです。エンディングのあとに『店長がバカすぎて2』の冒頭部と、自分で解説を入れられないかと……。

角川 見せてもらったが、俺は大反対だ。それを入れることで作品そのものがぶち壊れると思っている。余韻がなくなるよ。本は余韻が勝負なんだ。

早見 僕も余韻が大切と思っている人間です。では、どうしてこんな野暮なことをしようとしたかというと、その「余韻が大切」みたいな共通幻想が本を売れなくしている理由の一つなのではないかと自問したからです。もっとサービス精神があってもいい、できることは全部盛り込んだと訴えるべきじゃないか。そういう気持ちがありながら、これまでの作品ではそのチャンスがなかった。今回は僕も裸になって書いたし、こういうテーマでもあったので、終わりに入れることはありかもしれないと思ったんです。

角川 気持ちはわからなくもないが、編集者として受け入れるわけにはいかない。やっぱり反対だ。

早見 わかりました。タイトルとは違い、ここは僕も迷ってもいたので、ビシッと叱ってもらえてよかったです。

始まりは熱海の夜。そして交わした約束

早見 僕と社長の最初の出会いは熱海の寿司屋でしたよね。

角川 早見に会いたいと思ったのは『イノセント・デイズ』だよ。あのインパクトは凄かったからな。

早見 初めて会ったあの日、角川春樹という名前にビビりまくっている自分もいたんですが、仕事をする以上は編集者と小説家だと思い、言われっぱなしでなるものかという気持ちがありました。だから、生意気にも「僕は編集者としての角川春樹という人はよく知りません。でも、子どもの頃から好きで見てきた映画には、必ずプロデューサーとして角川春樹の名前がありました」と伝えました。最後に言った言葉もよく覚えています。「僕が角川春樹事務所で仕事をさせてもらったときに、春樹さんが『イノセント・デイズ』より上だと判断するものを書けたのならば、責任もって映像にしてください」とお願いしたんです。

角川 覚えてるよ、もちろん。

早見 だからというわけではないですが、実は、勝手に薬師丸ひろ子さんと原田知世さんで当て書きした登場人物がいるんです(笑)。

角川 ほぉ、ぜんぜん気づかなかったなぁ。誰だ?

早見 マダムと石野恵奈子さんですね。

角川 なるほど、なるほどなぁ。確かに、映像化しやすい話だと思う。やるなら映画ではなく、テレビドラマだね、これは。

早見 心の中ではNHKの連続六回のイメージで書いていました。

角川 あるいはWOWOWか民放か。つまりこれはちゃんとしたドラマにしないと笑えなくなるんだよ。笑わせるためには、感情をきちんと追って見せていかないとだめだからね。

早見 そのときは、ぜひ春樹さんにプロデュースしてほしいです。

角川 今、イチオシの作品だしな。俺がこんなに褒めるってめったにないんだよ。わかってるか?

早見 それはよくわかりませんが、失望されなかったのはやっぱり嬉しいです(笑)。

角川 俺は編集者として五十二年やってきたけど、自分の考えているテーマとモチーフで書いてもらったものは、九割が一か月以内で三刷まで行くんだよ。十割打者じゃないのが残念だけど、その俺が推薦できる作品だ。これは成功する。

早見 二割打者の僕としては、残りの一割にならないことを祈るばかりです。

角川 間違いない、俺を信じろ!

 ***

早見和真(はやみ・かずまさ)
1977年、神奈川県生まれ。國學院大學文学部在学中にライターとして活動。2008年『ひゃくはち』で作家デビュー。2014年『ぼくたちの家族』が映画化。2015年『イノセント・デイズ』が第68回日本推理作家協会賞を受賞。他の作品として『ポンチョに夜明けの風はらませて』『スリーピング★ブッダ』『東京ドーン』『6 シックス』『小説王』などがある。

撮影:三原久明

角川春樹事務所 ランティエ
2019年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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