キャット・パーソン クリステン・ルーペニアン著…集英社

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キャット・パーソン

『キャット・パーソン』

著者
クリステン・ルーペニアン [著]/鈴木 潤 [訳]
出版社
集英社
ジャンル
文学/外国文学小説
ISBN
9784087735000
発売日
2019/07/05

書籍情報:版元ドットコム

キャット・パーソン クリステン・ルーペニアン著…集英社

[レビュアー] 岸本佐知子(翻訳家)

 アメリカの若い作家のデビュー短編集だ。原題はYou Know You Want This(“ほら、これがあなたの望みでしょ”)。そのとおり、胸の奥に秘めた欲望を解き放ったせいで地獄の扉を開けてしまった人々の話が並ぶ。

 同僚の男の体にがぶりと噛(か)みつきたい衝動を抑えきれないOL。たまたま見つけた魔法の書で、自分の好みにドンピシャのハンサム男(しかも全裸で記憶喪失)を地下室に召喚してしまった女。女性にとっての「いい人」を演じ続けるうちに、出口なしの迷路に迷い込んでしまう男。自分たちの家に転がり込んできた男友達をじわじわいたぶり、ついにはおぞましい支配/被支配の関係を築きあげるカップル。

 恐ろしいのは、そこに至る過程に何か決定的な悪や過ちがあるわけではないことだ。ほんのちょっとの甘えや、狡(ずる)さや、誤解や、怠惰。作者は、まるで人物たちの心の中に実況カメラを持ち込むように、そんなささいな一歩の積み重ねが地獄に通じていくさまを鮮やかにえぐり出してみせる。だから、読めば読むほど他人事と思えなくなってくる。他人の暗部を盗み見ているつもりが、いつのまにか自分の暗部を覗(のぞ)き込んでいることに気づかされてしまう。

 「サーディンズ」では、夫を若い女に取られた母親と、いじめられっ子の幼い娘が、誕生パーティの不思議なロウソクを吹き消すことで、それぞれの暗い願望を叶(かな)える。<それは孤独な者の願いを叶える。不器用な者の。侮辱された者の。悪臭を放つ者の>。二人の復讐(ふくしゅう)の成就の完成形として現れる「あるモノ」のおぞましさたるや、ここ数年読んだ中でも群を抜いている。

 読み終わって本を閉じたあとも、胸のぞわぞわが止まらない。お化け屋敷から出てきたと思ったらそこもまだお化け屋敷だったような、いや、自分自身がそのお化けだったことに気づいてしまったような、そんな余韻がいつまでも残る。おそろしい作家だ。鈴木潤訳。

読売新聞
2019年8月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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