明治維新の敗者たち…マイケル・ワート著

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明治維新の敗者たち

『明治維新の敗者たち』

著者
マイケル・ワート [著]/野口良平 [訳]
出版社
みすず書房
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784622088110
発売日
2019/06/18
価格
4,180円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

明治維新の敗者たち…マイケル・ワート著

[レビュアー] 鈴木幸一(インターネットイニシアティブ会長CEO)

 明治維新における敗北者の記憶は、「勝てば官軍、負ければ賊軍」のままふくらんでいく。「勝者の正義」の物差しが記憶の基準となる。小栗上野介(こうずけのすけ)、井伊直弼(なおすけ)、新選組、会津藩、河井継之助、幕末の敗北者たちの記憶はそれぞれである。戦後、維新時の群像の記憶に大きな影響を与えたのが司馬遼太郎と言われているが、司馬史観にそった記憶も、ある時代の人々が望む記憶の姿と言っていい。勝海舟や西郷の記憶がシンパシーに満ち、小栗や栗本鋤雲(じょうん)とは対極となっている状況がいつまで続くのだろうか。

 本書が焦点を当てているのは、攘夷論とは無関係に開国の理に従った小栗上野介である。崩壊しつつある幕府を財政から軍事に至るまで、中枢で支えた人物だが、薩長との主戦論を唱えたことで徳川慶喜に罷免(ひめん)され、群馬に隠棲(いんせい)したが、謀反の容疑をかけられ新政府軍によって斬首、その後、逆賊の誹(そし)りを受けたまま人々の記憶に残った。

 著者は、小栗が隠棲し、処刑された地に近い高崎で英語の教員をした縁で、小栗上野介に興味を持つ。ただし、本書は精細な伝記ではない。小栗が処刑された後、時代によってどのような人物として記憶されていったかの変遷を、あらゆる資料を渉猟して描き出す。小栗に関するローカルでマイナーな冊子まであらゆるメディアの資料から、再評価を働きかける「メモリーアクティヴィスト」の活動に至るまでを、「歴史的記憶の理論」という新たな方法論で分析し、維新から現在に至る歴史に従来と違った視野を与えてくれる。

 万延元年遣米使節団員として渡米し、表紙に描かれるネジを持ち帰った小栗は、横須賀造船所を建設、海軍の基礎をつくったが、敗者として処刑された。その後、横須賀には小栗の銅像が立つ。小栗という類稀(たぐいまれ)な人物に対する人々の記憶の変化を知ることによって、別な角度から「日本」を理解する第一歩となる野心に溢(あふ)れた著書である。野口良平訳。

 ◇Michael Wert=米国・マルケット大准教授。専門は日本近世史。かつて群馬県で英語教員を務めた。

読売新聞
2019年8月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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