怒りの感情はマインドフルネスで受け止める。自己肯定感も上がる「傾聴」の力
[レビュアー] 印南敦史(作家、書評家)
『怒りにとらわれないマインドフルネス』(藤井英雄 著、大和書房)の著者は、瞑想歴40年、マインドフルネス瞑想歴25年の実績を持つ精神科医。
これまでにも何冊かの著作をご紹介したことがありますが、新刊である本書においては「怒り」をテーマにしています。
日常生活においては、ついイラッとしてしまったり、感情的になってしまったりすることはあるもの。
そのたび自己嫌悪に陥ったりもするわけですが、感情を否定する必要はないのだそうです。
そもそも怒りとは、自分自身を守るための反応ですから、なくそうとすること自体が無理な話です。
怒りの感情をもつことを否定するのではなく、怒りをうまくコントロールすることが大切なのです。(「はじめに」より)
そこで、マインドフルネスが効力を発揮するということ。
ご存知の方も多いと思いますが、マインドフルネスとは「いま、ここ」に生きることであらゆるネガティブ思考を客観視して手放し、感情を癒すツール。
本書においては、怒りの感情を抑制するためのマインドフルネスの活用法が紹介されているわけです。
きょうはそのなかから、怒っている相手に対処するための方法が紹介されている第5章「相手の怒りを受け止める」に焦点を当ててみたいと思います。
大切な関係を壊したくないとき
怒りはとても激しい感情なので、怒っている相手に対してこちらも怒りで返したとしたら、大変なことになってしまう可能性があります。
もちろん、「戦う」も立派な戦略ですから、自分を守るために戦うべきときもあるでしょう。しかし相手との間に大切な人間関係がある場合は、その関係を壊しかねないのも事実です。
著者によれば、怒りの裏には一次感情としての悲しみや恐れがあるのだそうです。とはいっても、怒っている人がそれに気づくのは難しいこと。
対話がうまく進まなければ、相手はさらに激怒し、こちらがマインドフルネスな状態であったとしても、結果的には相手の怒りの渦のなかに巻き込まれてしまうかもしれません。
では、どうしたらよいか?
そこで有効な方法こそが「傾聴」だと著者は主張するのです。
傾聴とは「相手に関心をもち、相手を理解したいと願って、批判やアドバイスをせずに、耳を傾けて相手の言葉などを聴くこと」です。(159~160ページより)
つまりは傾聴によって話し手と聴き手の心の絆をたしかなものにし、話し手が自ら悩みを解決する手助けをするということ。
カウンセラーがクライアント(相談者)に行う基本的な手法だそうですが、人と関わるすべての人にも役立つコミュニケーションツールでもあるといいます。(158ページより)
気づきを受け取り、気づきを与える
基本的に傾聴する際は、ただ聴くのではなく、相手を理解しようと向き合って話を聴くべき。
難しそうに聞こえるかもしれませんが、聴き手はマインドフルな状態にとどまることによって、お互いの関係を客観視して効果的に傾聴することができるもの。
たとえば、タイミングよくあいづちを打ち、そしてうなずくことは、しっかり聴いていると伝えるためにも効果的だということです。
しかもマインドフルな状態だからこそ、うなずきやあいづちもタイミングよく効果的にできるわけです。
いわば傾聴することを通じ、聴き手のマインドフルネスの体験はより強化されるということ。
また、オウム返しも傾聴のテクニックとして効果的だとか。
聴き手が話し手のことばをオウムのように繰り返せば、話し手は「正確に理解してくれているな」と感じ、さらに話そうという気持ちになるというのです。
つまりそうすれば、話し手が話したいときはどんどん話が続くわけです。
さらには、傾聴されることによって話し手は怒りと、その裏側にある一次感情に気づく可能性も。
うまく相手の感情を引き出し、誘導することによって、怒っている本人に「なぜ怒っているのか」を気づかせてあげることができるということ。
自分の口から本音の一次感情を語ったとき、語り手はそこで初めて自分の本音に気づくことになります。
怒りの奥にある悲しみや恐れ・不安などの一次感情に触れることができ、その結果、怒りは鎮められ、悲しみと恐れ・不安は癒されることになるのです。
それこそが、まさにマインドフルネスの波及効果だということ。(161ページより)
大切な人の自己肯定感も強まる
傾聴には、もうひとつ重要な効果があるそうです。傾聴されることで、話し手は自己肯定感を強化できるというのです。
子どものころ、きちんと話を聴いてもらえず悲しい気持ちになったことがあるのではないでしょうか。あるいは話を途中で遮られたり、批判されたりして嫌な気持ちになったことがあるかもしれません。
話をきちんと聴いてもらえないと、「理解してもらえなかった」という思いとともに、「自分の話なんて聴いてもらう価値がない」という破壊的なメッセージが潜在意識に入り込むもの。
それがいつしか「自分には価値がない」という暗示となり、自己肯定感を損ねていくというのです。
しかし逆に話を最後まできちんと聴いてもらえると、「自分の話には聴く価値がある、自分には価値がある」という強力なメッセージが届き、自己肯定感が強化されることになるのです。
ところで、聴き手が傾聴から離れてついアドバイスしてしまうことがあります。もちろん、すべてのアドバイスが悪いわけではないでしょう。
ただし大切なことは、話し手が「自分の言いたいことをすべて聴いてもらえた」と満足できたかどうか。
傾聴するとき、ついわかったつもりになって話を途中でさえぎったり、アドバイスや批判をしたくなったりします。
その時、自分の心の中で意見したい、批判したい、アドバイスしたいという気持ちがわいてきて、その瞬間、「話をさえぎりそうになった!」「アドバイスしそうになった!」と気づいたら、マインドフルネス体験をしているのです。
聴き手がマインドフルなら相手の話を中断させるような衝動をおさえて傾聴を続けることができるでしょう。(168~169ページより)
傾聴することを通じ、自分の心のなかで傾聴を妨げる気持ちにマインドフルに気づく。そうすることで、マインドフルネスの能力もまた磨かれていくということです。(166ページより)
これまでの著作と同様に、マインドフルネスの効果がわかりやすく解説されています。
しかも今回は「怒り」に焦点が当てられているだけに、実生活でより活用できそうでもあります。
日々の怒りをなんとかしたいと感じている方は、手にとってみてはいかがでしょうか?
Photo: 印南敦史
Source: 大和書房