中国最大の衝撃作、日本上陸!
[レビュアー] 円堂都司昭(文芸評論家)
本国版、英訳版のヒットに次いで、邦訳も刊行直後から売上快調な劉慈欣(りゆうじきん)『三体』。物語は、文化大革命で知識人が弾圧され、殺害されるところから始まる。そうして物理学者の父を惨殺された過去を持つ女性科学者・葉文潔(イエウエンジエ)が、後の展開におけるキーパーソンになる。もう一人の主人公は、ナノテク素材研究者・汪ミヤオ(ワンミヤオ)だ。優秀な学者が次々に自殺していることを知った彼は、自身の写真や眼前に減っていく数字が浮かぶ「ゴースト・カウントダウン」に見舞われる。
まず、導入部が魅力的だ。なにに絶望したのか、自殺が相次いでいるのが、応用科学ではなく基礎科学の分野の研究者であること。謎のカウントダウン。加えて、作中に登場するVRゲーム「三体」。そのゲームは、万有引力が相互作用する三つの天体の複雑な運動に関する力学の三体問題を踏まえて構築されたゲームである。これらの事象は、今いる場所が成り立ちからして揺らいでいるという印象をもたらす。科学をめぐる記述の積み重ねや幻想的で幻覚的なゲームの描写が、世界は不安定だという感覚を高めていく。
文革時代の出来事から書き出されるため、国家や社会を批判する作品かと最初は思う。そういう要素がないわけではない。だが、やがて物語の本題が異星文明とのコンタクトであることがわかってくる。国家や支配者と被支配者といったこの地上の事情など宇宙では小さなことだと気づかされ、人類、地球といった巨視的な単位で思考しなければならない立場に読者も追いこまれていく。そんなSFならではの醍醐味が横溢(おういつ)している作品である。そして、本書はまだ三部作の第一部でしかない。続刊が楽しみだ。