『ブルシャーク』刊行記念 雪富千晶紀インタビュー

インタビュー

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ブルシャーク = Bull Shark

『ブルシャーク = Bull Shark』

著者
雪富, 千晶紀, 1978-
出版社
光文社
ISBN
9784334912987
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

『ブルシャーク』刊行記念 雪富千晶紀インタビュー

[文] 光文社


海から遠く離れた富士山の麓の湖に

巨大なサメが!?

前代未聞の本格サメ小説を上梓した著者に、

作品に込めた思いと、サメへの愛を語ってもらった。

***

――なぜ、サメ小説を書こうと思われたのでしょうか。

雪富 やっぱり、サメがもともと好きだったからです(笑)。

――サメをお好きになったきっかけは何ですか?

雪富 子どもの頃にテレビで見たヨシキリザメに衝撃を受けて。鎖帷子(くさりかたびら)を着た研究者の手に無表情でガブガブ噛みついたりして恐ろしいのに、青い海を泳ぐ姿はこの世のものとは思えないほど綺麗なんです。なんて面白い生き物なんだ! と。その時からですね。

――それ以降の“サメ遍歴”を教えてください。

雪富 本を読み漁ったり、水族館に行ったり、展示会に行ったり。中学生か高校生ぐらいだったと思いますけど、「知られざるサメの世界展」というのが名古屋市の科学館であって、6メートルのホホジロザメが冷凍されていたんですよ。

――普通より大きいですよね?

雪富 めちゃくちゃ大きいです。

――ご覧になって、いかがでした?

雪富 もう、感動ですね。ほんとに大きくて。同時に、海でこれに遭遇したら終わりだなと戦慄しました(笑)。他にも歯とか、サメの生態とか、いろいろな展示があってとても記憶に残っています。

――『ジョーズ』をはじめ、サメ映画はたくさんありますが、お好きな作品はありますか?

雪富 やっぱり『ジョーズ』の1・2と、あとは『ディープ・ブルー』ですね。

――お好きな理由を教えてください。

雪富 サメ映画はたくさん作られていて、ピンからキリまでといった感じなんですけど、これらの作品はストーリーも設定も細部まできちんと練られているからです。

――竜巻に乗ってサメが襲来する『シャークネード』のようなはちゃめちゃなサメ映画もありますが、ああいうのはどうですか?

雪富 大好きです(笑)。きちんとしていないからだめという訳ではなくて、そういったサメ映画も別腹で偏愛しています。

――本邦初の本格サメ小説となった『ブルシャーク』ですが、この来常湖(きつねこ)という舞台を設定した理由は何ですか。

雪富 サメに川を遡って富士山まで行かせたくて、ロケーションに合う川を探したんです。富士川がいいなと思ったんですが、上流に手頃な湖がなくて。そこで、富士川の上流と田貫湖(たぬきこ)がくっついている、という設定を無理やり作ってできたのが来常湖です。

――モデルにはしているけれども、実際に海から遡って入っていくことは……?

雪富 無理ですね(笑)

――富士山の近くというのが前提だったのですね。何か理由があるのですか?

雪富 駿河湾から見上げたサメが、富士山に見惚れて近づきたいと思い遡る、というアイデアが最初にあって。そこから逆算していきました。

――富士山はシンボリックな山ですし、すごくロマンチックな動機ですね。実際に田貫湖周辺は何度か取材を?

雪富 一回だけ行きました。まずは、始まりの場所である駿河湾を見たかったので、駿河湾フェリーに乗って。その後、サメの遡上ルートをイメージしながら富士川に沿って車で遡り、たどり着いた田貫湖周辺も取材しました。

――トライアスロンの大会と絡めたのは、トライアスロンがお好きということで?

雪富 特にそういう訳ではないです(笑)。大勢の人間が集まって湖で泳ぐ、という競技がストーリー上、ぴったりだったので……。今回調べて、自然の中で自分の限界に挑戦するすごいスポーツだと改めて思いました。

――トライアスロン大会のことも、舞台設定やサメの生態にしても、しっかり調べて書かれている印象ですが、以前からそういう書き方をしているんですか。

雪富 そうですね。デビュー作のときもモデルの島を設定して、実際に行ってみました。そういうやり方の方が私は書きやすいみたいです。


――特に思い入れのあるキャラクターはいますか。

雪富 ジャック・ベイリーですね。あとは、キャンプに来ていて最初に殺されちゃうカップルの女の子です。

――孤高のトライアスリートであるジャック・ベイリーは、過去に薬物で身を持ち崩して家族との間に問題を抱えていたり、かなり重要な人物ですが、最初に殺されてしまった女の子は意外ですね。どんな思い入れが?

雪富 見た目はギャルだけど、良い子なんです。彼氏に尽くして、好きでもないキャンプに来て。

――良い子なのに、早々にあっさり殺してしまったわけですが。

雪富 四回ほど出てくるし、陰のヒロインと言っても過言ではないです(笑)。三回目以降は腐乱死体となっての登場ですが……。すいません、ホラー作家なので(笑)。とにかく、思い入れがありますね。

――書きにくかったキャラクターはいますか?

雪富 渋川(しぶかわ)まりが書きにくかったですね。自信に満ちているくせに繊細な、これまで書いたことがないタイプなので。

――早くからサメの危険を警告してサメを捜そうとする主役の一人ですね。渋川の設定も、学者なんだけど州兵として戦地に派遣された経験があるなど独特ですが、どうしてこのような人物に?

雪富 サメの知識があり、しかも、サメと戦えそうな人物にする必要があったので、こういう設定になりました。

――一方の主役、トライアスロン大会の運営責任者をつとめる市職員の矢代(やしろ)は、わりと普通の人物として設定されています。

雪富 普通の人である彼の目を通して、いろいろな驚きを伝えたかったので。

――亀の視点を入れているのがすごく独特だと思ったのですが、どういう意図だったんですか?

雪富 特に深くは考えていなかったんですけど、ふっと亀を書きたいなと思って(笑)。亀は結構好きで、池があると探しちゃいます。

――亀以外の、浮島の生き物たちも魅力的ですね。そんなに出てくる場面は多くはないのですが。

雪富 あそこも書いていて楽しかったですね。人間の死体を亀やネズミが食べて、今度はネズミを蛇が食べて――という浮島の生態系というか。イメージがどんどん膨らんでいきました。

――引っ張って引っ張って、いよいよサメが大暴れをする場面、書いていていかがでしたか?

雪富 いやあ、もう、楽しいですよね。

――読む方としてはもちろん焦(じ)らされましたが、書く方としても、ここを早く書きたかったんじゃないですか?

雪富 早く書きたかったんですけど、繋がりがわからなくなっちゃうので、そこは我慢して頭から順番に書いていきました。

――プロットの通り、順調に進んだ感じですか?

雪富 いや、最初はうまくいかなくて、「つまらないな」と思って見直して、書き直しました。

――どのあたりがまずかったんでしょうか?

雪富 抑揚がなかったんです。物語が生きてなくて、プロットどおりに書いているだけ、という感じで。それで仕切り直して、いろいろ謎を作ったり、伏線を張ったり書き直しました。

――確かに、ミステリーではないけれども、伏線とその回収がいろいろあって、「ああ、こうくるのか」とすごく楽しかったです。その後は割と順調に?

雪富 最初のほうは、自分でも物語がよく把握できていないところがあって、書きながら理解していった感じです。理解できたところで、最初に戻って「ああ、なんかちょっと違うな」と思って書き直したり。

――いつもそういう感じですか?

雪富 書きながら理解していくみたいなところはあります。つかめるまで、ちょっと大変だなと。つかんでしまえば早いんですが。

――もっと、全編サメを大暴れさせようという考えはなかったですか。

雪富 今回は、『ジョーズ2』の構成をベースにしていて、サメがいるのかいないのか分からない状態でストーリーを進行させたかったので、こういう形になりました。

――本作の読みどころを挙げるとすると?

雪富 やっぱり、サメが大暴れするところですね。あとは、サメがいるかもしれないのにトライアスロン大会を開催すべきかという矢代の葛藤や、渋川や地元の学者たちが自然科学的なアプローチで真相に迫っていくところなども楽しんでもらえたら嬉しいです。


――今後、「こういう作品を書きたい」というものはありますか?

雪富 もう、一生「サメもの」ばかりでもいいぐらいです。半分冗談ですが(笑)。

――『シャークネード』的な作品を書いてみたい、とか?

雪富 いいですね!

――構想も?

雪富 う~ん、ちょこっと(笑)。

***

雪富千晶紀(ゆきとみ・ちあき)

1978年愛知県生まれ。日本大学生物資源科学部卒。2014年、『死呪の島』(受賞時タイトルは「死咒の島」)で第21回日本ホラー小説大賞〈大賞〉を受賞。同作は『死と呪いの島で、僕らは』と改題して文庫化。他の著書に『黄泉がえりの町で、君と』『レスト・イン・ピース 6番目の殺人鬼』がある。

光文社 小説宝石
2019年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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