変身願望――『腸詰小僧(ちようづめこぞう)曽根圭介短編集』著者新刊エッセイ 曽根圭介

エッセイ

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腸詰小僧 曽根圭介短編集

『腸詰小僧 曽根圭介短編集』

著者
曽根圭介 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334912994
発売日
2019/08/22
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

変身願望

[レビュアー] 曽根圭介(作家)

 学生時代、バイト先の同僚に「今、女装にはまってるんだ」と突然告白されて面喰らったことがある。彼は女装サロンの会員になっていて、そこでメイクをしてもらって女性物の服を身に着けると、えも言われぬ幸福感に包まれるのだという。同好の士とのおしゃべりもストレス解消になるとのことだった。彼は私より二十歳以上も年長で妻子もいた。少し風変わりな人だったので女装趣味についてもあっけらかんと語ったが、聞かされた私の方は、どこから見てもオッサンの彼が、女性に成りきり鏡の前でうっとりしている姿を想像してドン引きした。そんな私を尻目に、彼は「四十年以上も俺をやってると、俺でいることに飽きてくるんだよ」と、聞きようによっては哲学的と解釈できなくもない言葉をつぶやいた後、こう続けた。「きっと君も俺の歳になれば分かるよ。君は若いころの俺に、どことなく似てるから」

 そのときの彼の予言者めいた眼差しと断定口調を、私は今でもありありと思い出すことができる。

 月日が過ぎて私も五十の坂を越えた。当時の彼の年齢をとうに過ぎたことになるが、わが胸に手を当てても、化粧をしたいとか、ハイヒールを履きたいとかいった心の声は聞こえてこない。どうやら私はまだ自分に飽きてはいないらしい、と安堵していたところ、先日、ふと気がついた。

 私は小説を書いているとき、登場人物が自分の性格と違えば違うほど筆が進む。おそらく私は、書くことで変身願望を昇華させていたのだ。ことに短編は、長編では主人公になりえないロクデナシや変態キャラを語り手にできるのですこぶる楽しい。自他ともに認める怠け者の私だが、短編に取りかかっているときだけは寝食を忘れるほどだ。

 そうやって数年にわたって書き溜めた短編七作を、このたび『腸詰小僧』として上梓できる運びとなった。いずれも渾身の作なので、お手に取っていただけたら幸いである。

光文社 小説宝石
2019年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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