戦国の一日は本田圭佑の一瞬――『戦国十二刻 始まりのとき』著者新刊エッセイ 木下昌輝

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戦国十二刻 始まりのとき

『戦国十二刻 始まりのとき』

著者
木下昌輝 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334912970
発売日
2019/08/22

書籍情報:版元ドットコム

戦国の一日は本田圭佑の一瞬

[レビュアー] 木下昌輝(作家)

 どうして、本田圭佑の無回転シュートはあんなに美しいのだろう。どうして、ボクサーのコンビネーションはあんなに華麗なのだろう。そして勝敗を紙一重で行き来するカウンターパンチは、なぜあんなにも儚(はかな)いのだろう。

 決戦に挑む者の、一瞬に凝縮した美しさゆえだろうか。それとも私が無事に『戦国十二刻 始まりのとき』を刊行できた喜びで、自分に酔っているだけだろうか。

 本書は、前作『戦国24時 さいごの刻(とき)』(文庫版は『戦国十二刻 終わりのとき』)の続編である。戦国時代の合戦のある一日を切り取った。取り上げたのは応仁の乱、厳島の合戦、斎藤道三の下克上、竹中半兵衛の稲葉山城乗取り、関ヶ原の合戦、大坂の陣。毛利元就や斎藤道三、竹中半兵衛、島津惟新、長宗我部盛親らが主人公だ。

 長い乱世の中では、一日は本田圭佑の無回転シュート同様に一瞬にしかすぎない(やや、こじつけ臭いけど)。短編一編一編を、本田圭佑がPKに挑むような気持ちで書いた(嗚呼、また自分に酔っている)。

 本田圭佑のようにブツブツひとりごとを言いながら書いた。本田圭佑が気の弱いキッカーからPKの役割を奪うように、カフェの席を奪ってノマドした。果たして無回転シュートの美しさに迫れたか否かは、読者の判断に委ねたい。

 前作同様に、結末を冒頭に明示した。歴史小説は史実から逸脱できない。あまりにも大きな制約だ。本シリーズはそれを逆手にとり、史実(結末)を最初に書いた。制約があるからこそ、できることがある。

 サッカーは手が使えないからこそ、美しいフェイントやドリブル、本田圭佑の無回転シュートが生まれた。

 ボクシングは足で攻撃できないからこそ、華麗なコンビネーションや勝負を分ける紙一重のカウンターを編み出した。

 本田圭佑やボクサーのように、私は史実という制約の中で、美しい物語を創りたい(また自分に酔っている)。

 結末を冒頭に明示する『戦国十二刻』だからこそ、できる何かがあるはずだ(もう自分にグデングデンに酔っている)。

 その何かが読者に伝われば幸いだ。あと、このエッセイを読んで、木下が無事本書を刊行できて、自分に酔いまくっていることも同時に読み取ってほしい。

 きっと明日は、二日酔いだ。

光文社 小説宝石
2019年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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