猫をおくる 野中柊(ひいらぎ)著

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猫をおくる

『猫をおくる』

著者
野中, 柊, 1964-
出版社
新潮社
ISBN
9784103999065
価格
1,870円(税込)

書籍情報:openBD

猫をおくる 野中柊(ひいらぎ)著

[レビュアー] 秋山千佳(ジャーナリスト)

◆死してなお、そこにいる

 平成最後の朝、十六年近く連れ添った猫を看(み)取った。全身の水分が涸(か)れるかというほど泣きに泣いたが、救いだったのは納得のいくお別れができたことだ。残ったお骨は美しく、頭蓋骨は何万回と撫(な)でてなじんだ形そのまま、いつも機嫌よく鳴らしていた喉の骨はかわいらしい仏様のようで、手に取ると愛(いと)おしさがこみ上げてきた。そんな「猫をおくる」経験をした一人として、本作を読んでいてたびたび鼻の奥がつんとした。

 たくさんの猫たちが暮らす通称「猫寺」が舞台。境内の片隅には猫専門の霊園があり、小さな亡骸(なきがら)を火葬する男性・藤井は、飼い猫を弔う女性・瑞季(みずき)にこう語りかける。

 「猫の尻尾には、秘密があるって、ご存じでしたか」

 藤井の言う秘密は、六つの連作のうち最初の一編で種明かしされる(初めて知る事実で、思わず本当か確かめてしまった)。その事実に一編ごとに意味が付されていき、物語がつながっていく。

 霊園を設けた住職・真道(しんどう)や藤井、瑞季など登場人物は、それぞれに大切なひととの別離の悲しみを抱いている。そんな彼らの孤独に猫が寄り添う。瑞季が見送った愛猫・菜々さんのように、死してなお。瑞季は星を見ても、雪を見ても、菜々さんを思う。

 「たんぽぽの綿毛のように、菜々さんの生命は軽やかに飛び、あちらこちらに舞い降り、萌(きざ)しただろう。だから、いくたびも繰り返し、瑞季は菜々さんに出会うことができる。気がつきさえすればいいのだ。そこにいる、ほら、そこに。菜々さんがいる、と」

 不思議な夢のような、既視感を覚えるような感覚が登場人物を捉える場面がしばしば出てくる。どれも口に出せば気のせいだと笑われたり、非現実的だと眉をひそめられたりする類いの話だろう。だがきっと、喪失感を抱えたひとが生きていくには、理性では説明のつかないものごとが時として力となるのだ。

 読後、ほんわかとした余韻に浸った。猫と暮らした歳月にあった「温かくやわらかなものが、そっとぶつかってきた」時のような。

(新潮社・1836円)

1964年生まれ。作家。小説に『小春日和』など。童話、絵本、翻訳も手掛ける。

◆もう1冊 

柳美里(ゆうみり)著『ねこのおうち』(河出文庫)

中日新聞 東京新聞
2019年9月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

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