酒天童子(しゅてんどうじ)絵巻の謎 鈴木哲雄著

レビュー

1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

酒天童子絵巻の謎:「大江山絵詞」と坂東武士

『酒天童子絵巻の謎:「大江山絵詞」と坂東武士』

著者
鈴木哲雄 [著]
出版社
岩波書店
ISBN
9784000613477
発売日
2019/06/22
価格
2,860円(税込)

書籍情報:版元ドットコム

酒天童子(しゅてんどうじ)絵巻の謎 鈴木哲雄著

[レビュアー] 川尻秋生(早稲田大教授)

◆東国武士団との意外な縁

 酒天(呑)童子とは、都に出ては人をさらう、大江山に住む鬼のことである。朝廷の命を受けた、武門の誉れ高い源頼光(みなもとのよりみつ)が、配下の頼光四天王(らいこうしてんのう)を率いて、鬼を討伐する説話として、よく知られている。

 この物語を描いたもっとも古い中世の絵巻は、阪急電鉄の創始者としても名高い小林一三(いちぞう)の手に渡り、現在は大阪の逸翁(いつおう)美術館に所蔵されている。それが「酒天童子絵巻」(重要文化財)である。

 本書は、この絵巻の伝来過程と制作経緯をめぐって展開されるスリリングな謎解きの旅といえる。

 まず、絵巻の伝来を明らかにするところから旅ははじまる。奇妙なことに、明治初期まで、酒天童子とは直接関係なさそうな、香取神宮(千葉県香取市)の社家(しゃけ)が所有していたという。さらに遡(さかのぼ)ると、絵巻は坂東武士である千葉氏の一族が主体となって制作し、所持した可能性が高いとの結論が導き出される。

 ではなぜ、千葉氏の一族が「酒天童子絵巻」を作成させ、所蔵していたのか。それが本書の最大の見せ場である。

 種明かしは遠慮することとして、この後、本書は東国武士団の話へと展開する。武士団が自己の正統性を示す宝物として、鎧(よろい)や刀剣を伝えたことはよく知られる。たとえば甲斐(かい)武田氏の「盾無鎧(たてなしのよろい)」は、その代表であろう。しかし著者によれば、同じ目的のために、千葉氏はこの絵巻を制作・伝世させたのだという。ここに新たな東国武士研究の視点が加えられたことになる。

 それにしても、中世史を専門とする著者が近世から明治の古文書を丁寧に読んで、絵巻の伝来を明らかにし、やがて中世武士団の始祖伝承に迫る手並みは、鮮やかである。

 なお、近世の下総(しもうさ)香取地域の商人が、一面では国学者であり、河川交通を介して、江戸や土浦の国学者たちと積極的に情報を交換し、絵巻の価値を明らかにする姿が描かれている。同地の商人からはじまって日本地図を完成させた伊能忠敬(いのうただたか)と重なる人物像であり、近世の学問が交通・商業と深く結びついていたことは、別の意味でも興味深い。

(岩波書店・2592円)

1956年生まれ。都留文科大教授。著書『平将門と東国武士団』など。

◆もう1冊 

美濃部重克(しげかつ)・美濃部智子著『酒呑童子絵を読む-まつろわぬものの時空』(三弥井書店)

中日新聞 東京新聞
2019年9月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • このエントリーをはてなブックマークに追加