『神前酔狂宴』
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神社と結婚式場がバトルの舞台 “破格の才能”新鋭作家の登場
[レビュアー] 鴻巣友季子(翻訳家、エッセイスト)
題材は超古風だが、まったく新しい小説の出現を感じた。神社とその結婚式場がこんなバトルとエンターテインメントの場になるとは。いま最も力のある新鋭作家の一人だ。
「もとは人だが、今は神で、都心の喧噪の及ばない暗がりにそれぞれ祀られている」という椚萬蔵(くぬぎばんぞう)と高堂伊太郎(こうどういたろう)を祀った二つの神社。どうやら、椚は乃木希典、高堂は東郷平八郎のアナグラム的な命名のようだ。この由緒ある二つの神社とその式典場「椚会館」「高堂会館」の間には、二人の軍神の関係に由来する深い絆があるとされるが、現実には水と油のように相容れない。高堂会館には、親の金でシナリオスクールに通いながらプロになる気はない「浜野」と、金髪に細眉の「梶」という若者が、派遣社員として採用される。
人はなぜ自分の結婚式を他人に見せ、披露宴まで行うのか。その「行為には、人間の何か救いがたいような性質が絡んでいることは本能的にわかった」と、浜野はいう。神聖な場でありながら、人々の欲と愚行にみちた式場で働くうちに、彼はエピファニーともいうべき啓示を受け、この晴れ舞台の本質を悟る。
それは「虚飾」、もっというと、虚構ということだ。
結婚式で垂れ流される“ストーリー”を思い起こせばいい。新郎新婦のなれそめビデオ、ケーキへの入刀、両親への感謝の手紙……これほどフィクションづくしの場があろうか。浜野は“物語”を見つけるたびに突き動かされ、出世していく。
一方、椚会館は体質が古いが、進取の気質に富む「倉地」という女性が入り、改革を打ちだす。やがて、高堂vs.椚の対立関係が浮彫りになり、それは神道ナショナリズム対商業リベラリズムの戦いに変貌していく。さらに、結婚式で如実になる男女差別が通奏低音となり、同性婚問題が扱われ、シングル婚(!)も登場。
さて、最後に破壊されるストーリーとは? 破格の才能だ。