『いけない』
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再読必至“最後の一ページ”に仕掛けられた謎解きの妙味
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
緊張感のある読書時間をどうぞ。
道尾秀介『いけない』は四章で構成されたミステリーだ。各章とも最後の一ページに仕掛けが施されている。読者は必ず、そこから前のページに戻りたくなる。初めから再読を前提とした小説なのである。
第一章の「弓投げの崖を見てはいけない」は架空の町を舞台にした競作アンソロジー(『晴れた日は謎を追って がまくら市事件』創元推理文庫)が初出だ。蝦蟇倉市の自宅へと向かっていた安見邦夫は、トンネルの中で車を壁にぶつけてしまう。無謀運転をした若者のせいだ。若者たちは生死の境をさまよう怪我人を助けるどころか、彼の口を塞ぐためにさらなる攻撃を加えてくる。
事故から三ヶ月、蝦蟇倉署の刑事・隈島(くまじま)は死亡事故を引き起こした者たちを洗い出すために辛抱強く捜査を続けていた。そんなある日、事故に関わりがあると見られる車両の所有者が殺害される。死体が発見されたのは奇しくも、事故現場となったトンネル出口のすぐそばだった。
事件に喰らいつく隈島刑事の執念は、意外な場所に読者を連れていく。最後に謎が解かれるのがミステリー、と信じている者にとっては意外すぎる場所だ。漫然と文章を追うだけでは駄目で、論理的な思考を行わない限り真相は見えてこないからである。読者によっては、最後の一ページに到達する前より、その後で考える時間のほうが長くかかるかもしれない。辛抱強く考えるしかない。
小説の本当の終わりに近い箇所に逆転を仕掛ける技巧をミステリーでは〈最後の一撃〉と呼ぶ。その見本市のような作品で、各章で〈最後の一撃〉の種類が異なる。最も鮮やかなのは密室内の死を扱った第三章「絵の謎に気づいてはいけない」で、複雑な謎が瞬時に解かれる快感がある。また第二章「その話を聞かせてはいけない」では、この作者らしい限界状況が描かれる。謎を解いた後に見えるのは、いかなる情景か。