【文庫双六】姉弟間に秘められた究極の純愛――北上次郎

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

美しき一日の終わり

『美しき一日の終わり』

著者
有吉 玉青 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784062930932
発売日
2015/04/15
価格
957円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

姉弟間に秘められた究極の純愛

[レビュアー] 北上次郎(文芸評論家)

【前回の文庫双六】文芸作品に多数出演 吉永小百合の“姉弟愛”――梯久美子
https://www.bookbang.jp/review/article/581209

***

 幸田露伴・幸田文(あや)のように親子で作家というケースは少なくない。有吉佐和子と有吉玉青(たまお)(父は呼び屋として名高い神彰(じんあきら))もそういうケースだ。ここでは、有吉玉青の作品から私がいちばん好きな『美しき一日(いちじつ)の終わり』を紹介したい。

 有吉玉青は、1989年の『身がわり 母・有吉佐和子との日日』で坪田譲治文学賞を受賞した作家で、その後多くの随筆や小説を書いているが、2007年の『ティッシュペーパー・ボーイ』(文庫化のときに『渋谷の神様』と改題)が、まず忘れがたい。

 これは街角でティッシュを受け取る人々のドラマを描く作品集で、街を歩くさまざまな人のドラマを鮮やかに描いて強く印象に残った。しかし私を完全にノックアウトしたのは本書だ。10年の秋から一年間にわたって断続的に小説現代に連載され、12年に一冊になったものだが(文庫化は15年)、とても古風な小説である。

 母親を亡くした秋雨(しゅうう)が美妙(びみょう)の家に引き取られるところからこの長編は始まっている。それは秋雨が八歳のときだ。そのとき美妙は十五歳。ラストの秋雨は六十三歳、つまり美妙は七十歳である。その間の五十五年間を描いたのがこの長編なのである。

 その間に何があったかはここに書かない。ここに書くことが出来るのは、この二人が終生思いを胸に秘め、何も語らなかったことだけだ。すなわちこれは、姉弟小説であると同時に、究極の純愛小説である。

 いや、私の好きな場面を一つだけ引いておく。秋雨が家にやってきてすぐのころ、美妙の部屋で秋雨が寝るくだりがある。お母さん、という小さな声が聞こえてきて、美妙が思わず秋雨を抱き寄せるシーンだ。浴衣の胸がはだけた彼女の乳首にくちびるを押しあてて、秋雨がこりりと噛む。この官能が素晴らしい。

 久しぶりに再会した七十歳と六十三歳の姉弟の感情の昂りを描くラストまで一気読みの傑作である。

新潮社 週刊新潮
2019年9月5日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク